行方しれず 第十七話 ドーマ⑤
母:ジュリなら、うちにいるわ
メールを夫に送信した。
夫:どういうこと?
母:ドーマのふりをしてうちに来たの
夫:どうしてジュリだってわかった?
「母親だから」とかいて削除した。
母:ドーマでは、ない。でもすごくドーマに似た空気を感じるの。なんでも自分でやってしまうし、聞いた通りだから
夫:君は母親だからわかったんだね
母親の目から熱い涙が一粒落ちた。
夫:明日の朝、君の家に行っていい?嫌なら、昨日のファミレスでも
母:うちで話しましょう
夫:わかった。おやすみ
母親が足音を忍ばせてドーマの部屋を見に行った。
廊下に一筋の光が漏れていた。
何かボソボソと声が聞こえる。誰と話しているのだろう。
母親は眠れない夜を過ごした。
翌朝、朝食をとっていると、インターホンがなった。
「パパだね」ジュリは知っていた。
2人で玄関に行き、夫を迎えた。
「おはよう、パパ」
「ジュリ…」
「ママ、ごめんなさい。わかっていると思うけど、私はドーマじゃない。ドーマのふりをしていたけど、本当はドーマの妹・ジュリ」
「わかってたわ。ドーマは私のことをママとは呼ばないから、すぐにわかったわ」
3人でテーブルについた。
この家に夫が戻ってくるとは考えもしなかった。
「ドーマと私は、たまに会っていたの。ドーマが行方不明になったと聞いて、ママに会いたい気持ちがいっぱいになって」
「ジュリ、」母親はジュリを抱きしめた。生まれてすぐに離れ離れになったのに、こんなに離れていたのに、この子を守りたいという気持ちが湧き上がってきた。
「ママ」大人びているジュリも、腕の中では泣きじゃくる普通の6歳の女の子だった。
「ジュリは、ドーマがどこにいるか知ってるの?」
ジュリは力無く首を横に振った。
「わからない。けど、ドーマの見ているものが見える時がある」
「ドーマも自分でない誰かの目で見えるって言ってた。やっぱりジュリちゃんだったのね」
「昨日の夜、ドーマがいなくなった時のことが見えたんです」
「教えてもらえる?」
「はい」ジュリは涙を拭いて、落ち着いて話し始めた。
夜中に目が覚めた。
何か水が流れるような音が聞こえる。
僕は部屋を出て、トイレを見たが、水は流れていなかった。
次に、洗面台を見た。ここも何もない。その隣の、浴室から音がしていた。浴室のドアを開けたんだ。
シャワーヘッドから雫が垂れていた。僕が蛇口を締め直すと水は止まった。
今度は虫の羽音がした。
夜、蚊に集中攻撃される時みたいに、耳元でブーンブーンと聞こえる。僕は耳を塞いで浴室を出ようとした。その時、僕の手に何かが触れた。チクっとした痛みが走って刺されたと思ってうずくまると、見知らぬ女に抱え込まれたんだ。
「お母さーん」
そのまま身動きもできずに僕は換気口からどこかへ連れ出された。
その瞬間、体は粉々に引きちぎられ、ものすごい痛みと、血飛沫をあげた。
気がつくと、僕は夜の公園のベンチに横になっていた。
体も痛くない。傷口もないし、血を流した跡もなかった。
夢だったのか。
公園は広かった。とにかく、公園を出て、うちに帰ろうと思った。
遊具のある広場で、月明かりに照らされて女の子が砂場で遊んでいる。
公園の時計は10時半を指していた。
僕は構わず歩いて行くと、どうやら公園の出口が見えてきた。
そこには都立長山公園と書いてあった。読み仮名が振ってあったので僕にも“とりつながやまこうえん”と読めた。
初めてきた場所だ。
通りには車が走り、会社帰りのスーツ姿の大人がちらほらいた。
道路の反対側に交番を見つけたので、僕はお巡りさんにうちまでの道を教えてもらえるだろうと信じて横断歩道を渡った。
暇そうにしている警官が1人知るだけだった。
「こんばんは」
「こんばんは。おや、ぼうや、こんな遅くに1人?」
「はい。あのう、迷子になっちゃったみたいで」
来年は小学生だから、と言って、自宅の住所と電話番号を教え込まれていたので、住所もすらすらと言えた。
「ずいぶん遠くから来たんだね。親御さんに電話して迎えに来てもらおうね」
警官はシュッとした顔で、イケメンの俳優に似た顔をしていた。
電話をかけても繋がらないようだった。
その時、お母さんの心配する顔が浮かんだ。
なんとしても帰らないと、と思った。
そして、ジュリを思った。ジュリなら僕の代わりに帰ることができる、と。
警官が何やら調べていると、僕を訝しげにチラチラ見てきた。
「ドーマ君って言ったね。ドーマ君は今いくつ?」
「6歳」
「何年生まれか言えるかな」
「ええと、2012年」
「そういうことか」
何やら警官は自分だけ納得したような顔で手帳に書き込んでいた。
「今は2024年なんだよ。まだ計算とか難しいかな」
「わかります。2012+6=2018だから、2018のはずじゃ」
「ほら、これ、今朝の新聞。ここに2024年って書いてあるでしょ」
ドーマは心臓の音がバクバクと高鳴り、体中に血液がすごいスピードで流れ出すのを感じた。
「つまり、ここは」
「6年後の世界に来ちゃったってこと?」
警官は頷いた。
「さっき話してくれた住所も、今は大きな老人ホームになっていて、君のご家族は引っ越されたと思うんだよね。」
ドーマは悲しくなった。浦島太郎の帰りを待ち侘びていたお爺さんお婆さんと自分の母親を重ねていた。
「今日はもう遅いから、明日詳しく話を聞かせてもらいます。ご家族の状況がはっきりするまで、少しの間、児童施設で生活してもらうことになるので、これから移動しましょう」
ドーマは児童施設に車で移動して、そこで眠れない夜を過ごした。
ジュリの目を通して、お母さんを見た。ジュリが僕の代わりに家に帰ってくれたんだろう。
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