【映画感想文】「親愛なる八本脚の友だち」は家族を持てなかった人のためのおとぎ話だ※ネタバレ無し
皆さんには「苦手」な食べ物はあるだろうか?「嫌い」ではなく「苦手」な食べ物だ。
ここでいう「苦手」とは、自分から積極的に食べることはないが、出されたら仕方なく食べる。程度の食べ物だ。
私にはいくつか明確にある。
そのひとつが、「タコ」だ。
味や食感は特に嫌ではない。でも、自分から積極的に食べることは絶対にない。
その理由は、「無脊椎」という生き物、生命としての形がどうにも苦手だからだ。
それに、昔からどうにも「タコ」並びに「イカ」はどこか我々人間より上位に感じる瞬間がある。一種の「恐怖」に近い感情すら抱いている。
だから、苦手だ。
できれば食べたくない。銀だこは好きだけど、タコをくり抜いて妻に渡す。
今回は、そんな「タコ」にまつわる映画だ。

【親愛なる八本脚の友だち】26年:米:109分
ジャンル:ドラマ
監督:オリビア・ニューマン
あらすじ
年老いた未亡人トーヴァは、彼女が働く水族館に暮らす気難しい巨大なミナミダコ、マーセラスと、思いがけない友情を育んでいく。しかしトーヴァの知らぬところで、マーセラスはある“使命”を胸に秘めていた。それは、彼女の心を癒やし、人生を大きく変える発見へと導く謎を解き明かすこと。
本作をより楽しむために・・・タコを知ろう

映画を観る前に、少しだけタコのことを知っておくと、マーセラスの行動がより面白く見えてくるし、言動に対して信ぴょう性が増す。
タコの脳は、9つある。
1つは体の中心に、残りの8つはそれぞれの腕の中に。
腕は中央の脳の指令がなくても、それぞれが独立して動き、考え、感じることができる。(どんな気分なんだろうね)
さらに腕についた無数の吸盤は、触覚だけでなく味覚センサーとしても機能している。つまりタコは、触れることで味わい、感じ、判断する。
その知能は、犬やカラスと同レベルと言われている。
迷路やパズルを解き、道具を使い、嫌な経験を記憶する。
驚くべきことに、他のタコが課題に取り組む様子を「観察して真似る」こともできる。これは無脊椎動物では異例のことだ。
そして、タコには個性がある。
好奇心旺盛なタコ、慎重なタコ、攻撃的なタコ。
同じ環境で育っても、性格は一匹一匹異なる。
本作のマーセラスが人間を深く観察し、理解し、関与してくるのは、決してファンタジーの誇張ではない。
タコという生き物が本来持っている、驚くほど豊かな知性の延長線上にある話なのだ。
本作の感想
私にとっては「タコと人間のほのぼの交流映画」ではない

Netflixで公開されたこの作品、タイトルだけ見ると「タコと人間のほのぼの交流映画」に見える。
実際そういう映画だ。でも私にとっては、それだけじゃなかった。
私自身、幼い頃から家族の欠落を抱えて育ってきた。
父は私が生まれる前?に蒸発し写真でしか顔を知らず、母にはネグレクトをされて祖父母に引き取られた過去がある。
だから、「家族」というコミュニティにかなりコンプレックスがある。
今は妻と猫ちゃんがいて幸せだけどね。
さて、映画の話に戻ろう。
舞台は、小さな港町にある水族館。
主人公のトーヴァは、家族を亡くし、ひとりで夜間清掃員として働く女性だ。
そこに現れるのが、高い知能を持つミズダコのマーセラスと、人生に迷い込んできた若い男性キャメロン。
この三者が、じわじわと、不思議な形で結びついていく。
派手な展開はない。説明的なセリフも少ない。
でも気づいたら、なんか泣いている映画だった。
「家族がいない」という孤独

この映画のテーマをひとことで言うと、
「埋まらないと思っていた穴が、思わぬ形で埋まる話」だと感じた。
トーヴァの孤独は、喪失から来ている。
キャメロンの孤独は、もっと根っこに近い場所から来ている。
どちらも「いるはずの人がいない」という欠落を抱えている。
そしてその欠落を埋めるのが、人間でも家族でもなく、タコというのがこの映画の面白さだ。
タコが語り部という「ずるさ」

マーセラスの声は、画面に映らない形で物語に絡んでくる。
人間の都合や感情をフラットに観察するタコの視点が、この映画に独特の距離感をもたらしている。
人間が語ると重くなりすぎる話を、タコが語ることで不思議と軽くなる。
でも軽いままじゃなく、ちゃんと刺さる。
この構造が「大人のためのおとぎ話」として機能している理由だと思う。
羨ましいと思った

正直に書く。
ラストに向かうにつれて、「良かった」と思いながら、同時に「羨ましいな」とも感じていた。
私には両親が幼少期からおらず、育ての親である祖父母とも死別してしまった。
兄弟もいない。(おそらく)
血の繋がった家族は私の認識する範囲では存在しない。
だからこそ、この映画の登場人物たちが最終的に向かう場所が、眩しく見えた。
おとぎ話だからこそ、現実では手に入らなかったものが描かれている。
それが痛くもあり、どこかほっとしもした。
さいごに

『親愛なる八本脚の友だち』は、派手さも刺激もない。
でも「誰かに必要とされたかった人」「家族という言葉がすんなり入ってこない人」には、静かに刺さる作品だと思う。
タコが仲介してくれる孤独と再生の話。
そして、良い意味でタコを食べづらくなる。
元々食材としてタコが苦手な私は、別の意味で、タコが食べられなくなりそうだ。
Netflixで今すぐ観られるので、気になった人はぜひ。

