シンフォニエッタ静岡第81回定期公演 創立20周年シリーズ③ オール・クセナキス・プログラム
出演者
指揮:中原朋哉
メゾソプラノ:鳥木弥生 ☆
メゾソプラノ:松浦麗 ☆
曲目
■クセナキス:Atrées アトレ(1957-62)
■クセナキス:N'Shima ネシマ ☆(1975)
■クセナキス:Epei エペイ(1976)
■クセナキス:Waarg ワーグ(1988)
日本のプロのオーケストラが送るオール・クセナキス・プログラム。足を運ばないわけにはいかない。
「アトレ」…冒頭からしばらくは点描風で、第1の部分などはごく短いのでヴェーベルンのようにも聴こえる。けれど、徐々にこの作家らしい音が立ち上がってくる。過渡期の作品という印象。弦楽器お二人は好演だけれど、もう少し音量があるとなお良いか。打楽器、特に被膜楽器はパンチが効いている。トロンボーンも熱演。
「ネシマ」…おもしろい。ホルン2本は初めミュートでもぞもぞと小さく動く。人が喋っているようでもあり、一種スピーチメロディに近い書法か。金管楽器4本は徐々に「普通」の音色に変化していく。女声お二人が快演。複雑に上下する音型をパワフルに綴り、奇妙な儀式を編み上げていく。
「エペイ」…冒頭からしばらくはトランペットとクラリネットのデュオにコーラングレとトロンボーンが和音を添える。楽器間の関係性は徐々に変貌していく。トロンボーンがグリッサンドでクラリネットに絡んでいくシークエンスでは、音のまろやかさに驚く。
「ワールグ」…70年代くらいまでの、汲めども尽きぬエネルギーを湛えた作品たちとはだいぶ趣が異なると感じた。一つ前の「エペイ」なども、潜在的に激しい力を湛えているように感じられるのだけれど、本作にはそうしたポテンシャルが弱い。いわば牙が抜けてしまったかのような感があり、室内オーケストラ作品としてきれいにまとまっているという印象を受けた。
これまでの本作の録音は、極めてアグレッシブに演奏したものもあれば、比較的きっちりと整理されているものもある模様である。今回の非常に真摯で丁寧な演奏は後者の立場を推し進めたものであり、これによって、作品の実相が明確にあらわされる結果となったのではないか。特に管楽器群の音が、鋭すぎず、柔らかすぎず、バランスも好適。近代の作品を多数手がけている実績があればこその音色だと思う。弦楽器群も終盤では力強い音が聴かれた。
初期、円熟期、後期それぞれの時期からのチョイスにより、作家の創作のごく大まかな軌跡を俯瞰できる好企画であった。
特に「ネシマ」で強く感じられたのが、普段同じオーケストラで演奏しているからこその奏者同士の息の合い方であった。日頃近代くらいまでの作品をレパートリーの中心としているオーケストラの奏者たちが、手間をかけて現代作品に丁寧に取り組むとこうなるという、とても良いお手本となった。必ずしも平坦な道のりではなかったかもしれないけれど、本当に実直に作品と向き合っていることがひしひしと伝わってくる。こういう演奏が広くおこなわれていくことを望みたい。そのためにも、今回のような意欲的なプログラムが継続されることを期待。
今回のプログラム冊子には、野々村禎彦氏による詳細な楽曲解説のほかに、音楽監督の中原朋哉氏が公演に向けてクセナキス作品に取り組む中での、特異な記譜法に接した戸惑いをはじめとする興味深い経験を記している。中原氏はさらにもう一編「「シンフォニエッタ静岡」創立20周年を迎えて(全3回)〔第3回〕今後の展望(2025年〜)」と題した文章を執筆している。文化行政に不熱心な国や県と対峙してきた当事者の、生の声に触れることができる。
継続的な公的支援もなく、苦しいやりくりを続ける楽団を、2022年、裾野市での公演時にスプリンクラー事故が襲った。現時点(2025年)に至るまで事故に対する補償はなされず、ぎりぎりの運営を強いられる中、楽団はクラウドファンディングを開始した(2025年11月28日まで)。目標が達成されることを願ってやまない。(2025年10月10日 三鷹市芸術文化センター・風のホール)
