三女の放課後登校
──迷いながら選んだ、ひとつの居場所
放課後登校という選択
──それで本当に大丈夫なのか、分からなかった日
「学校に行けないなら、放課後ならどうですか?」
その提案を聞いたとき、正直に思いました。
それで、本当に大丈夫なんだろうか。
当時の私は、娘が学校に行けなくなった理由を、まだ「一時的なもの」だと思おうとしていました。
でも学校側から出てきたのは、「とにかく登校につなげる」ための現実的な選択肢でした。
放課後登校。
名前だけ聞くと、少しやさしい響きに思えるかもしれません。
けれど、私たち親子にとっては、決して軽い選択ではありませんでした。
究極の選択だった理由
娘は、その話を聞いたとき、渋々という反応でした。
前向きとは言えないけれど、完全に拒否もしない。
ただ、その背景には、担任の先生のこんな言葉がありました。
「放課後登校をしないなら、心配だから家に行くと本人に伝えてください」
それを娘に伝えなければならなかったとき、
胸の奥がぎゅっと締めつけられるようでした。
これは「選択」なのだろうか。
それとも、追い込まれた末の究極の選択なのだろうか。
そんな迷いを抱えたまま、私たちは放課後登校を始めました。
一番つらかったのは、入る瞬間
娘が向かったのは、教室ではありませんでした。
職員室の横にある会議室。
教室に入るのがつらい娘への配慮でしたが、
それでも「校舎の中に入る瞬間」は、毎回いちばん苦しそうでした。
廊下で立ち止まる背中。
ドアの前で深呼吸する姿。
私はただ、隣に立つことしかできませんでした。
「これでいい」と思いたかった
放課後登校は、月に2回ほど。
決して多くはありません。
正直に言えば、
私は「これでいい」と思いたかったのだと思います。
正解かどうかは分からない。
でも、何もしないよりはいい。
そう自分に言い聞かせていました。
それが、だんだんと
「これで良かったのかもしれない」
そう思える瞬間が増えていったのは、もう少し後のことです。
後から知ったこと
後になって知ったのですが、
放課後登校した日は、きちんと出席日数に加算されていました。
そして、私が気づかないところで、
先生方と娘との距離も、少しずつ縮まっていたようです。
この選択が正しかったのかどうか。
その答えを実感できるようになるまでには、
もう少し時間が必要でした。
もし今、
「このやり方で合っているのか分からない」
そんな不安を抱えている方がいたら。
あの頃の私も、同じ場所に立っていました。
迷いながら、疑いながら、それでも前に進もうとしていました。
この話が、
「自分だけじゃなかった」と思えるきっかけになれば、
嬉しいです。
