「せっかく来たから」を卒業する。旅先で一歩も外に出ない、私にとっての「正直に満たされる旅」
突然ですが…私は、観光が苦手です。
正確に言えば、世間一般で言われる
「あちこちの名所を巡るアクティビティとしての旅」に、
あまり興味が持てないのです。
(そんな方は、実は多いのでは…と心の中で思っています)
例えば、デンマーク、スイス、沖縄、伊勢神宮、出雲大社。
どこかへ行きたいと思うとき、
私の目的は「その場に行くこと」そのものにあります。
(デンマークと出雲大社では、「粒度」が違うと感じられるかもしれませんが、私にとっては同じなのです)
そのため、デンマークの空港に降り立った瞬間、
出雲大社の境内に足を踏み入れた時点、で
私の目的は100%達成されてしまいます。
そこから
「さて、デンマークのどこに行こう?」
「出雲大社のどこをみよう?」という選択肢が、
私の中にはそもそも存在しないのです。
30代で見直した、お金と時間と体力の投資先
30代の時、自分にとっての
「豊かな時間の使い方」を論理的に考え直すようになりました。
限られたお金、時間、そして体力。
これらを何のために使うのが、
自分にとってどのようなものが最も投資対効果(満足度)が高いのか。
私が出した答えは、
「自分を満たすために、いつもの暮らしを旅先に移す」
ということでした。
去年スイスを訪れた際も、可愛らしいホテルに泊まり、
滞在中のほとんどの時間をそのホテル内で過ごしました。
一歩外に出たとしても、ホテルの向かいにあるcafeで読書をするだけ。
周りからは
「それなら日本にいるのと変わらないじゃない」
「高いお金を払って行く意味があるの?」
「と言うか勿体無いから行かないで…」とよく言われます。
でも、私にとっては全然違うのです。
旅の準備をし、
空港へ向かい、
15時間ほど飛行機に揺られて目的地へ着く。
そして、その土地の空気を吸いながら
お気に入りの拠点でいつものように読書をし、
自分業(書きもの)をする。
このプロセスを経て初めて、
私の心は凪のように満たされるのです。

ここで自分業(書きもの)をすることが、私にとっての最高の観光。
外の名所を巡るよりもずっと、豊かな時間が流れていました。
妥協できない「拠点の構造」
観光をしないかわりに、
私が旅で一点集中して力を注ぐのが「宿泊先選び」です。
一日中ホテルから出なくても心が満たされるためには、
私の感性が喜ぶ「構造」が整っている必要があります。
・柔らかな光が差し込み
・豊かなグリーン(植物)があり
・視線が通る「抜け感」を感じること
これらさえ揃っていれば、
そこは自分と向き合うための聖域になります。
むしろ日本にいる時よりも、
読書や瞑想といった「自分を整える時間」を贅沢に取ることができる。
それこそが、私にとって旅に出る真の目的です。
夫婦で共有する「正直な時間」
先日訪れた沖縄の「星のや」でも、そのスタイルは変わりませんでした。
夫と二人での滞在でしたが、施設の外には一歩も出ず、
それぞれが好きなことをして過ごしました。
夫はPC・スマホで趣味に没頭し、
私はPC・スマホを置いてデジタルデトックス。
紙の書籍をめくり、自然の音に耳を澄ませる。
二人で行動したのは食事とスパの時間くらいです。
以前は、
「せっかく二人で来たのだから、一緒に何かをしなければ」と
無意識に縛られていました。
(そして、その後ぐったり疲れていました。たまに不機嫌になることも…)
でも、お互いに「旅先での正直な心地よさ」を認め合ったことで、
無理に予定を合わせるストレスから解放されました。
夫もまた、この「日常から少し離れて、心身をゆっくり満たす旅」の
豊かさを実感し始めています。

外の世界の情報を遮断したとき、ようやく自分の本当の声が聞こえてくる気がします。
正直になって、ようやく旅が始まった
「せっかく遠くまで来たのだから、元を取るために観光しなきゃいけない」
そんな思い込みを卒業し、
「観光が苦手な自分」を正直に受け入れたとき、
私のお金と時間は、
本当の意味で私を幸せにするために動き始めました。
世間の「当たり前」に自分を合わせるのではなく、
自分の違和感に対して正直になること。
それは、自分の暮らしを自分らしく「構造改革」していく
第一歩なのだと感じています。
皆さんは、旅に何を求めますか?
もし「観光疲れ」を感じたことがあるのなら、
一度「何もしない旅」を選択肢に入れてみてはいかがでしょうか。
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