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駐車場のおじさんと自己肯定感

保育園の駐車場を見守ってくれているおじさんが気になってしまう。

なので頭の中を整理する為にも書いてみようと思う。

おじさんは朝の駐車場が混雑する時間帯にだけいてくれる。
けれど適切な誘導はしてくれない。
本当に見守り程度。
自転車で来ているから家は近所なのだろう。
保育園近くのお家の人と世間話をよくしている。
挨拶は自分からはしてくれない。(挨拶するタイミングでいつも背を向けられてしまう)
私はそれでも今までは背中に挨拶していた。
(ここまで書いていて私はおじさんのことそんなに好きじゃないんだな、と気づいた。)

おじさんは結構な頻度で送りに来たママに自分で持参したお菓子やら飲み物やらをあげている。

全員にではない。

保育園に送りに行く時間帯はだいたいどの家も決まっているから私が保育園に到着するとだいたい同じ家庭と会うのだが、いつもお菓子をもらっているママがいる。

私は、もらえない。

いや前に一度お菓子をもらったことがある。

でもそれ以来もらえない。

おじさんの好みなのかな?
明るく挨拶をするからかな?
私に何か問題があるのだろうか?


と、毎朝保育園に送りに行く度に考えてしまう。

そしてしたくもないけど明るく挨拶してみたりしちゃうのである。
でもお菓子はもらえなくておじさんが嫌いになりかけてる。
もう挨拶もしたくなくなってしまった。(大人気ない)

何だろう?この感じは。


別におじさんに好かれたいわけでも、
お菓子が欲しいわけでもない。
お菓子を毎回もらっているママに嫉妬しているわけでもない。


なぜだろう?

なぜ気になって、少し凹んで、おじさんに会うのが憂鬱になってしまうのだろう…?

今日はちゃんと考えてみた。


もしかしたら、私の心の感じ方のクセのせいかもしれない。

私は、今で言う毒親育ちだ。
支配的な母親の元育った。
(病気になり自暴自棄になった母から「あんたたちきょうだいは誰一人として私の思い通りにいかなかった」と言われたことがある)
長女である私は1番影響を受けた。

だからかとても自尊心が低い。
自己肯定感が全くない。
親の希望、顔色が全てだったから自分の希望とかよくわからなかった。

今は親ともほどほどに距離を取っているし、長い年月をかけて自己肯定感も上がってきているけど、やっぱり時々心がザワザワすることがある。

私は誰かに嫌われるのが怖い。
相手が否定的な態度を取ったら何かまずいことをしたのかな?
とすぐ考えてしまう。

今回、私はおじさんに私の自己肯定感の低さを刺激されてしまったのではないか。

お菓子をくれない = 評価されていない

と感じてしまって凹んでいるのかも。

評価されないと(お菓子をくれないと)自分が何か悪いことをしたのかなと、思ってしまう。

私の思いつく限りではおじさんに失礼なことをした覚えはない。
軽く世間話をしたけど怒らせるようなことは言っていない。

私はおじさんのことは何も知らないし、おじさんも私のことは何も知らない。
その知らない人にすら私は評価を求めてしまうのか。

書いていたらバカバカしくなってきた。

駐車場のおじさんは気にしなくていい。
挨拶もしなくていい。
お菓子ももういらない。

私はおじさんがあまり好きではない。
苦手だ。
苦手な人ととは可能なら関わらない方がいいので関わらないでおこう。


うん、なんとなくスッキリした?かな。

いやそもそもそもおじさんがお菓子をあげたりあげなかったりしているせいだ。
それは見ていてあまりいい気分ではない。(もらえないからなおさら)

そういうところも苦手だ。
あげるならみんなにあげて欲しいし、
特定の人にあげるなら気づかれないようにして欲しい。

私は他の人からしたら「そんなことで」と思うようなことで簡単に深く傷ついてしまう。
自分でも考えすぎだと頭ではわかっているけど、心は感じてしまう。

でもそんな自分を受け入れて励ましてなんとか自分を認めてあげているところです。

がんばってるね、私!

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