「どこにも就職できなかった私」が、“居場所”を与えてもらった日。――人生が少し動いた、たった一人の言葉
あの春、私は社会から必要とされていないような気がしていました。
すべての就職試験に落ちました。エントリーシートも、面接も、何度挑戦しても結果は変わらず。仲の良い友人たちは、少しずつ内定が決まり始めて、卒業旅行の計画や新生活の話で盛り上がっていました。
そんな中で、私は焦りや不安を感じながら、静かに「どうしよう……」と思い続けていました。
「私は社会に必要とされていないのかもしれない」
そんなふうに思ってしまうには、十分すぎる時間がありました。
大学は東京だったので、地元の山形に戻るつもりはありませんでした。でも、就職活動がうまくいかず、心も体もすっかり疲れていた私に、父が一言。
「とりあえず帰ってきなさい。」
そして、実家に戻ってしばらくして、父がふと新聞の求人広告を指さしました。
「医局秘書ってのがあるぞ。おまえ、これ受けてみろ。」
正直、そのときの私は「もう就職試験は受けたくない」と思っていました。何度も落ちて、メンタルもかなりやられていた。でも、父の“命令”のようなそのひと言に、仕方なく応募してみたのです。
面接に行くと、医学部の教授が私の履歴書を見て、笑顔でこう言ってくれました。
「ああ、履歴書見ました。あなた、〇〇大学出身なんですね?
昔、僕が教授になる前に本当にお世話になった秘書の方がいてね。
その人も、あなたと同じ大学の出身だったんです。
僕はね、あの人のおかげで、教授になれたと思っているんですよ。
だから、あなたも——きっと、そういう人になると思うよ。」
私は驚きました。私は、その先輩の顔も名前も知りません。でも、その人がかつて“信頼されていた”というただそれだけで、私は信頼されたのです。
なんというか…よくわからないけれど、「これは何かの縁なんだな」と、感じたことだけは、今でもはっきり覚えています。
まぁ、とりあえず、働いてみよう。そんな軽い気持ちでした。正直、当時の私は「医者と結婚できればラッキー」なんて思っていたほどで、医局秘書の仕事に大きな期待をしていたわけではありません。
でも、始めてみると、想像以上にやることが多かった。
電話応対、手術写真の整理、医局の掃除、カルテの運搬。
学生のレポートチェックまで、ありとあらゆる“なんでも屋”でした。
それでも、少しずつ任されることが増えていって、医師たちの性格やタイミングも見えてくるようになりました。
「この先生には、このタイミングで声をかけると、通りやすい」
「この先生は、ちょっと待ってから話しかけた方がいい」
「“オペ室にカメラ持ってきて”って言われたら、今すぐ、だ」
そんなふうに、空気を読む力、想像する力が、私の中で少しずつ育っていった気がします。
あるとき、医師の一人に言われました。
「大場さん、オペ室にカメラ持ってくるの、ほんとに早いよね。助かるよ。」
私はそのとき、ちょっとだけ勇気を出して、こう答えました。
「実は、持っていく途中で考えてるんです。
“今、急に運ばれてきた患者さんがいて、それが貴重な症例だったら、研究用に撮影したいと思ってるのかも”って。
だから、“早く届けなきゃ”って思って。」
その医師は、少し笑って、
「いいね、その考え方。実際はそんなにレアなケースじゃないんだけど、でもね、本当に助かるんだよ。何も言わなくても、分かってくれてるって感じがして。」
そのとき、思いました。
「ああ、信頼って、こうやって少しずつ築いていくものなのかもしれない」
なんてことのない日常のなかに、“信頼”は静かに育っていくんだなと思いました。
医局秘書として働いていたあの時間は、「私にできることなんて、ほんの小さなこと」だと思っていたけれど、今思えば、“相手の意図をくみとり、そっと力になる”という仕事の本質を学んだ時間でした。
誰かが「こうしてほしい」と言葉にする前に、「こうかもしれない」と想像する。
そして、静かに動く。
言われたことをこなすのではなく、言われなくても、相手の心に寄り添って動く。
それは今、私が「もふもふの国」で目指しているシッターの在り方そのものです。
飼い主様は、「猫のトイレ掃除とごはんをお願いします」と言うかもしれません。
でも、本当はその言葉の奥に、
「この子がさみしくないようにしてほしい」
「お留守番中も、いつものように過ごさせてあげたい」
そんな願いが込められているのかもしれない。
だから私は、ただ“作業”をするのではなく、
「あの方が、今どんな気持ちでこの依頼をくれたのか」
「この子は、どんなふうに過ごすのが安心なのか」
そこまで想像しながら、静かに寄り添う存在でありたいと思っています。
そして、それをスタッフにも伝えていきたい。
「信頼は、小さな“察する”の積み重ねでできていく」ということを、自分の経験から、伝えていきたいと思っています。
もふもふの国は、まだ始まったばかりの小さな場所です。
でも私は、ここを“心から信頼できる誰かに、大切なものを預けられる”場所にしたいと思っています。
それは、かつての私が、「あなたなら、きっと大丈夫」と言ってもらえたように――
小さな言葉に背中を押されて、少しずつ自信を取り戻したように――
飼い主様にも、スタッフにも、「ここなら安心できる」と思っていただける国でありたいのです。
ペットも、飼い主様も。
誰もが、安心して日々を過ごせるように。
より快適に、より幸せに。
そのために、今日もまた、ひとつひとつの“見えない気持ち”に、そっと耳をすませていきたいと思います。

誰かに“居場所”をもらった私が、今はこうして、
誰かに“安心の居場所”を届けています。
