日本円と韓国ウォンの通貨の歴史
円安ドル高の進行と「暴落」
今年に入り、円安ドル高が進行しており、1ドルが160円という歴史的な円安ドル高水準に達しました。この事態により、「円暴落」という言葉が頻繁に耳に入るようになりました。
確かに、円安は大きく進行していますが、私はそれを「暴落」とは捉えておらず、今後も「暴落」するとは考えていません。
「暴落」の定義と現状の通貨価値
なぜそう考えているのかと言いますと、まず「暴落」とはどの程度の下落を指すのかという定義があります。過去を振り返りますと、現在の通貨の価値は決して「暴落」と言えるものではありません。この点については、歴史上起こった出来事が意外と知られていないのかもしれません。
そこで今回は、日本円と隣国である韓国ウォンが歩んできた歴史を紹介したいと思います。なぜ韓国ウォンの話をするのかと言いますと、それは単純に韓国ウォンも大きく下落しているからです。
私はこれまでにも、日本経済とアルゼンチンを一緒にするなと主張してきた立場ですので、過去に暴落が起こったようなことが今の日本で起こるとは考えていません。
結論から言ってしまうと、日本はアルゼンチンのような状況にはならないと思います。そこで今回は、日本がアルゼンチンのような状況になると心配する必要がない理由について解説したいと思います。
日本円の歴史とその推移
まず、日本円の歴史について解説したいと思います。
1973年に変動相場制に移行しましたが、それまで1ドル360円で固定されていました。この1ドル360円というレートは、円が1周360°であるため、1ドル360円にしたという話を聞いたことがある方もいるかもしれませんが、この説明は正しくありません。
1ドル360円というレートは、第二次世界大戦が終わった後にGHQが当時の日本とアメリカの生産力の差を計算し、適正な価格として1ドル360円と設定したものです。アメリカが設定した価格が適正だったかどうかは議論の余地がありますが、経済状況などを考慮して一応適正と判断されて決められたものです。
そして、1ドルが360円だったということは広く知られていると思いますが、第二次世界大戦よりも前の日本円の価値がどうだったかというのはあまり一般的には知られていないと思います。衝撃的かもしれませんが、1868年に明治政府ができて円という通貨を作った時、1ドルは1円に設定されていました。つまり、約80年後、戦後までの間に1ドルが360円まで円安になった、円の価値は360分の1に下落したということになります。
円の価値の推移とその歴史
円の価値はどのように推移してきたかと言いますと、明治政府ができた後、新政府は財政的に厳しい状況が続いた上、1877年に起こった西南戦争のために政府が大量の通貨を発行しました。そのため、急激に円の価値が下落し、1ドルは2円程度まで、つまり10年で円の価値は半分程度に下落しました。
その後は安定的に推移していましたが、1923年に起こった関東大震災とその後の復興で財政負担が増大したことに加えて、1929年から始まった世界恐慌で経済が大きく落ち込み、財政状況の悪化とともに徐々に価値が下落していきました。
1930年代に入ると、国債を発行して日銀に交換させる、いわゆる財政ファイナンスが行われ、急速に円の価値は下落していきました。1932年時点で1ドルは5円程度まで下落しました。当時の大蔵大臣高橋是清は経済が回復した後に財政ファイナンスを辞めるつもりでしたが、1936年に二・二六事件で高橋是清が暗殺され、その後は軍主導で財政ファイナンスが続き、中国大陸での戦争に必要な資金が賄われていきました。国債の発行は1932年時点で7.7億円でしたが、1945年にはその40倍となる334億円にまで膨らみました。
第二次世界大戦が始まった頃、1ドルは4円25銭程度だった為替相場は、1945年に戦争が終わった時点で1ドルは15円程度になっていました。その後、戦後に起こったハイパーインフレの影響もあって、1949年に1ドル360円に設定されるまで、段階的にGHQがレートを引き下げていきました。
通貨の暴落と現状の通貨価値
歴史を振り返り、日本円も通貨の価値が暴落し、大変な時代があったということがお分かりいただけたと思います。欧米の通貨はドルとの交換レートが桁が近い数値になっていると思いますが、例えばユーロとドルの交換レートはほぼ1に近い数値ですし、ポンドとドルの交換は1.25ぐらいです。
ですが、ドル円は1ドル150円台ということで、桁が2つ違います。これは、日本円が暴落した歴史を持っているということを示しています。このように、通貨の交換レートの桁が多い国のほとんどが、こうした通貨の暴落、経済危機に見舞われた経験を持っています。
韓国ウォンの歴史とその推移
では、韓国ウォンはどうでしょうか。日本よりも桁が1つ多いのはご存知の通りで、つまり日本円よりもさらに悲惨な歴史を歩んできたことを意味しています。
現在の韓国ウォンが誕生したのは実は1962年で、比較的新しい通貨です。これは、それまでに何度も通貨価値が暴落し、無価値になってしまったため、通貨を新しくする必要があったからです。第二次世界大戦が終わってから計算すると、韓国ウォンの価値はなんと9万2,000分の1にまで下落しています。
韓国ウォンの推移とその歴史
第二次世界大戦後、ウォンは1ドル1ウォンに設定されました。その後、ウォンは朝鮮戦争で暴落し、1951年に1ドル6,000ウォンまで下落しました。その後、1953年に新通貨ファンが導入され、100ウォンを1ファンとするレートに設定されました。
つまり、この時点で1ドル60ファンというレートで新しい通貨ファンがスタートしました。しかし、1961年には1ドル1,250ファンまで下落してしまいました。
さらに、1962年に現在の韓国ウォンが導入され、10ファンを1ウォンと設定されました。この時点で1ドルは125ウォンというレートになりましたが、それが現在では1ドル1,350ウォンという状況になっています。この1945年からの下落率を合計すると、現在までで韓国の通貨価値は9万2,000分の1にまで下落しているということになります。
1945年から1951年までの下落率は1/400、1952年から1961年までの下落率は1/21、1962年から現在までの下落率は1/11ということで、徐々に下落幅が小さくなってきていますが、それでもずっと下落してきているということがお分かりいただけると思います。
通貨の暴落と現状の通貨価値
このような下落が今の日本で起こるということを言いたいわけではありません。通貨の暴落というのは、歴史上、これぐらい下がるということを言うのです。つまり、今の日本円の下落なんていうのは、暴落のうちには入らないということです。
日本経済の現状とその評価
今の日本経済は、財政破綻やハイパーインフレなど、そういったことが心配されるような状況では全くなく、むしろ世界の国々と比較して、日本は非常に安定しています。今起こっていることは、過去に起こったような暴落とは全く異なるものであるということです。
日本の歴史を振り返ると、私たちの親やもっと上の世代の先人たちがこの日本という国を築いていく中で、経済的に多くの困難があったということは、知っておいた方がいいと思います。
アルゼンチンも、昔は経済大国だったという歴史があります。日本も今の状況に留まっていいというわけではありません。しかし、アルゼンチンのようになるためには、いくつものハードルを超えていかなければならないということを理解しておくことが重要です。
まずは、正しい認識を多くの方が持つことが重要だと思います。
ご参考
