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中国の社会保険料徴収強化と経済への影響


 2025年9月から、中国で社会保険料の徴収が強化されることになりました。この動きは、中国経済を注視しているエコノミストや金融機関の間で大きな関心を集めています。というのも、中国の社会保障制度については、すでに「持続可能ではない」との指摘が長年にわたって続いてきたからです。
 社会保障制度を立て直すには経済成長を犠牲にせざるを得ず、どちらを優先するかという難しい選択を迫られる問題でもあります。今回の徴収強化は、急速な高齢化が進む中国社会において、いよいよ避けては通れない課題に正面から向き合わざるを得なくなったことを示しています。

最高人民法院の判決と徴収強化

 社会保険料の徴収強化の背景には、中国の最高裁にあたる最高人民法院が下した判決があります。この判決では、企業や従業員が社会保険料の支払いを回避する行為は違法とされました。これを受け、政府は2025年9月1日から徴収を強化することを決定しました。
 欧米の金融機関のエコノミストたちは、この措置が中小企業を中心に大きな打撃となり、経済の下押し要因になると警告しています。「社会保険料を払うのは当たり前」と思われるかもしれませんが、実際にはこれまで多くの中国企業がきちんと支払ってこなかった実態があります。

出所)ニッセイ基礎研究所【2018/6/7】

企業の実態と制度への不信感

 人材サービス会社「中和集団」が6,000社以上を対象に行った調査によれば、社会保険の規則を完全に順守していると答えた企業はわずか28.4%に過ぎません。もちろん、この数字には「守っている」と答えながら実際には守っていない企業も含まれている可能性があります。いずれにしても、多くの企業が制度を軽視し、負担を避けてきた現実は明らかです。
 さらに問題を深刻化させているのが、公的年金制度などへの不信感です。2024年の国務院の報告によると、13の省で約400億元(日本円で約8,000億円)が流用されていたことが明らかになりました。こうした不祥事が、企業や国民に「どうせ制度が信用できないなら払う意味がない」との心理を植え付けているのです。

 世界の投資家の中国への債券投資はこれからも拡大していくことになり、中国企業による不正に巻き込まれる可能性は債券市場でも高まっていると言えるかもしれません。

中国企業の不正問題と中国債券投資のリスク

少子高齢化と積立金枯渇問題

 中国の年金制度は、急速に進む少子高齢化によって深刻な危機に直面しています。すでに2010年代から「2035年には積立金が枯渇する」と予測されていました。さらに2020年のコロナ禍では、企業負担の軽減措置がとられた結果、積立金の減少スピードが加速したと見られています。

出所)ニッセイ基礎研究所【2023/9/7】

 社会保障制度を維持するためには、誰かが負担をしなければなりません。企業や国民に過大な負担を求めれば景気にマイナスの影響が出ますし、政府が全面的に肩代わりすれば財政が悪化します。そのため、これまでは「先送り」によって問題を回避してきました。しかし、今回の徴収強化は、いよいよこの先送りが限界に達したことを意味しています。

他国の事例と中国の課題

 社会保障制度の維持と経済成長の両立は、先進国に共通する難題です。フランスでは年金制度改革が長年停滞しており、イギリスも医療制度の再建に苦労しています。少子高齢化が進む中で社会保障制度の持続可能性が揺らいでいるのは、中国に限らず多くの国に共通する課題なのです。中国もまた、同じ問題に直面し、いよいよ先送りできなくなってきたということです。

負担増と経済への影響

 フランスの大手銀行ソシエテ・ジェネラルの試算では、今回の判決を受けて中国の企業と国民が新たに負担する金額はGDPの約1%にあたる1,900億ドルに上るとされています。これによって消費や投資に回せるお金が減り、GDP成長率を押し下げる効果が懸念されます。特に中小企業は、これまで社会保険料をほとんど支払っていなかったケースが多く、負担増の影響が一層大きくなると予想されています。

 いずれは避けられない課題であったとはいえ、中国経済にとっては新たな重荷が加わることになりました。

景気減速と今後の展望

 中国経済はすでに減速傾向を示しています。2024年第3四半期にはGDP成長率が前年比プラス4.6%まで落ち込みました。その後、景気刺激策によって第4四半期と2025年第1四半期には5.4%まで回復しましたが、第2四半期は再び5.2%に減速。さらに第3四半期以降は各種指標が悪化しており、失速懸念が強まっています。これは一時的な景気刺激策の効果が切れたためで、家電買い替え補助などの政策が需要を先食いしてしまった結果とも言えます。
 この状況で社会保険料の徴収強化が重なれば、景気が一段と冷え込む可能性があります。そのため、中国政府が再び財政を使った景気刺激策に頼らざるを得ないとの見方も出ています。しかし、こうした政策は短期的な効果しかなく、社会保障制度の持続性という本質的課題は解決されません。

私の考え

 今回の社会保険料徴収強化は、中国経済にとって二重の意味を持ちます。一方では、制度の持続可能性を確保するために避けて通れない改革であり、もう一方では景気減速を加速させかねないリスクです。中国も少子高齢化という長期的課題を抱える以上、この問題は今後も経済の足かせとなるでしょう。
 今後は、中国政府がどのように財政政策と社会保障制度改革を両立させていくか、その手腕が試されることになります。制度改革が中国経済の長期的な安定につながるのか、それとも成長の重荷となるのか。いずれにせよ、長い目でこの問題の推移を見守る必要があると考えています。


ご参考

中国経済の現状
 足元の中国経済を見てみると、依然として弱さが目立ちます。2025年7月の小売売上高は前年同期比+3.7%と予想の+4.8%を下回り、景気刺激策による需要先食いの反動が表れています。

中国過去最大の資金流出と人民元国際化の課題

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