“歴史”を語る側になった女の子 ― 乃木坂46・矢田萌華の最初の一年
「これ『大大大大大大大大大大大大大大好きだよぉ!!!!』にするか、正味30分くらいは真剣に悩みました」
ある女の子が、自分のブログにそう書いていました。タイトルは「大大大大大好きだよ」。“大”を何個にするか、本気で30分。相手は——『劇場版 呪術廻戦 0』です。中学生の頃から「萌華と言えばこのアニメ」と言われ、復活上映の期間は、ふだん食べ物を中心に立てるという一日の予定を、映画を軸に組み替えて過ごしたほどの筋金入り。
おもしろいのは、その同じ人が、別のブログでは真顔でこう書いていることです。
「私は、不器用な人間です。」
「自分の気持ちを表現することが、本当は苦手です。」
気持ちを表現するのが苦手だと言いながら、好きなものには誰よりも全力で「好き」を撒いてしまう。この、ちょっと不器用で、まっすぐな女の子の名前は、矢田萌華(やだ もえか)といいます。
そして彼女は、つい先日——東京ドームのステージで、乃木坂46の“歴史”を語っていました。6期生に託された「語り部」の役。グループが積み重ねてきた十数年を、いろんな角度から振り返り、次の場面へと橋渡しする大役です。
2026年5月、14回目のバースデーライブ。デビューからまだ一年ちょっとの彼女は、その大役を終えてこう書いています。
「あれが今の私の『全力』だったんだと思います。」
全力。たった二文字に、これほど重さを感じる言葉もありません。そして、こうも書いています。
「その成長していく過程を、どうか共に歩んでくださったら嬉しいです。」
呪術廻戦に「大」を何個もつけてしまう不器用な女の子が、一年とすこしで、グループの“歴史”を語る側に立つ。その最初の一年の話を、させてください。
矢田萌華は、2025年に乃木坂46へ加わった、いちばん新しい世代——「6期生」のひとりです。秋田県出身の、加入当時17歳。同期11人のなかで、いちばん最初に名前を公開されたメンバーでもありました。そのライブの最終日は、長年グループを率いてきたキャプテンが卒業する日でもありました。誰かが去り、誰かが歴史を継いでいく。その節目の夜に、いちばん新しい彼女が立っていたわけです。
彼女がどこから来て、この一年で何を通り抜けてきたのか。順番に、振り返らせてください。
元気をもらう側だった、秋田の女の子
はじまりは、2025年の春でした。
彼女の最初の大きな舞台は、その年の4月、6期生11人のお披露目イベント。秋田県出身の彼女は、ナマハゲの装いで「悪いごはいねーがー!」と地元の伝統を持ち込み、小学一年から習ってきたという日本三大盆踊りのひとつ「西馬音内(にしもない)盆踊り」を、着物姿で披露してみせました。お米が美味しい秋田の、肩の力の抜けた女の子です。ちなみについ先日のバスラでも、ステージで“お米”の役を振られて「こめっている矢田」と自分でいじっていたくらいで、秋田とお米は彼女の鉄板ネタになっています。
初々しい初舞台を終えて、彼女はこう話していました。
「これまで毎日不安でいっぱいでしたが、声援を聞いて、自然に笑顔になることができました」
不安でいっぱいだったのに、ファンの声援で笑顔になれた——。アイドルは元気を与える側のはずなのに、いつのまにか自分がもらっているのです。その感覚を、彼女はデビューの最初の日から持っていたようです。
正直に言うと、僕は乃木坂のオタクなので、お披露目のときから彼女のことは見ていました。最初の印象は、クールでミステリアスな子。どこか掴みどころのない、静かな雰囲気の女の子だと思っていました。
その印象が決定的に動いたのは、2025年の夏でした。真夏の全国ツアー、神宮球場。夕焼けが球場をまるごとオレンジに染めるなか、僕はバックステージ近くの席から、6期生の「タイムリミット片想い」を見ていました。お披露目からずっと追いかけてきた子たちが、目に見えて成長している。その光のなかの矢田萌華は、さっきまで思い描いていた“クールでミステリアスな子”の何倍も、凛として、きれいでした。
でも、ふしぎだったんです。そのステージ上の姿が、ブログで見せる日常の彼女——ちょっとトリッキーで、お茶目で、ときどき自分の世界に入り込んでしまう彼女——と、まるで結びつかない。クールな見た目とは裏腹に、個性の強い同期ひとりひとりにも彼女なりのやり方でちゃんと向き合う、感情豊かで誠実な子。ステージの凛々しさと、日常の不器用な可笑しさ。その“落差”にこそ、僕はすっかり目を奪われてしまったんです。たぶん、ここが入口でした。
初めて、諦めなかった日
その不器用さは、デビューより前の話にさかのぼります。
ブログ「きっかけ」で、彼女はオーディションに応募した日のことを書いています。もともとは、何かを強く望むタイプではなかったようです。
「いつもだったらすぐに諦めてしまう自分とは違うことに気がついて」
優柔不断で、勝負事は負けがちで、たいていのことは「まあ、いっか」で手放してきた——そんな彼女が、乃木坂のオーディションだけは諦められませんでした。
「今ここで応募しなかったら、本当に一生後悔するな、って。」
人生で初めて、自分から決めたのです。そして彼女は、こう締めくくります。
「決心は自分から」
「これからも、少しずつ、スローペースではあると思いますが成長していく私を、どうか温かく見守っていただけると幸いです。」
スローペースでも、成長していく自分を見守っていてほしい。
——この言葉を、覚えておいてください。一年後に、もう一度出てきますから。
半年で、前に誰もいない場所へ
「スローペース」と書いた彼女に、現実は、わりと早足でやってきました。
デビューから半年ほどで、矢田萌華はシングルのセンターに抜擢されます。同期の瀬戸口心月さんとふたり、真ん中に立つ大役でした。秋田県出身のメンバーがセンターに立つのは、グループのはじまりを象徴した生駒里奈さん以来、およそ10年ぶりだったそうです。音楽メディア・リアルサウンドは、その巡り合わせをこう書いていました。
「結成15年目の成熟期を迎えた今のグループに秋田出身の新センターが再び誕生した点は、何だか運命めいたものをも感じる」
でも、本人にとっては「運命」なんてきれいな言葉でくくれるほど、軽い話ではなかったはずです。選抜発表のとき、彼女が漏らしたのは、こんな言葉でした。
「頭が真っ白になった」
ブログでも、飾らずにこう書いています。
「前に誰もいないことへの不安と恐怖を、感じてしまいました。」
前に、誰もいない。半年前まで先輩の背中を追いかけていた17歳が、その背中の代わりに、自分が一番前に立たされる。怖くないわけがありません。弱さを隠すどころか、この子は怖いものを怖いと、ごまかさずに書きます。そして、その怖さをこう上書きするのです。
「自分のできることを探してこのシングルを通して強くなりたい」
この秋、6期生は11人での単独ライブも完走しました。デビューから一年も経たないうちに、彼女は前に誰もいない場所に立ち、大きな舞台を次々と駆け抜けていました。「スローペース」だと言っていたはずなのに。
「羽はある」――引き受けて、立つ
けれど、一年は順風満帆では終わりません。
次のシングルで、矢田萌華は——アンダーメンバーになりました。前作で真ん中に立った子が、次は一歩うしろに回る。落差だけを切り取れば、しんどい話です。でも、彼女の書きぶりは、半年前とは明らかに違っていました。
「次の41枚目が発売されるまでは、私達が『ビリヤニ』のWセンターとして立っているべきだと思うから。」
腐らない。逃げない。任された場所で、まだ立っているべきだと、自分から引き受けます。「頭が真っ白になった」と立ちすくんでいた子と同じ人とは思えないほど、まなざしが前を向いています。
しかも、このシングルでセンターに立つのは、池田瑛紗さん。思い出してください——彼女がオーディションに応募する背中を押したのは、ほかでもない池田さんのブログでした。憧れて追いかけた先輩がセンターに立つそのシングルで、自分はうしろから支える側にまわります。「いちばん近くでその背中を見られないのは少しばかり悔しい」と漏らしながら、それでも心の底から「おめでとうございます」と書くのです。悔しさと祝福を、ちゃんと両方抱えていられる人です。
そしてこのブログは、東北の同郷として慕った佐藤璃果さんの卒業発表を受けて書かれたものでもありました。「不滅のはずだったのに」「ずるいです」「寂しいです」とこぼしたあとで、彼女はやっぱり、こう書きます。
「大好きです。
だいだいだいだーいすき!!」
苦手だと言うわりに、いちばん寂しい場面でこそ、ありったけの「好き」を相手に手渡してしまうのです。冒頭の、呪術廻戦に「大」を撒いていた子と、何も変わっていません。変わったところと、変わらないところ。その両方が、この一本のブログに同居しています。
タイトルは、「羽はある。」。末尾に、彼女はこう書いています。
「どうかこれからこの坂道を一緒に駆け上がってください。」
そして🪿(あひる)の絵文字、写真、🦢(白鳥)の絵文字と続けて、最後の一行。
「今の私はまだ、あひるかもしれないけれど。」
まだ、あひるかもしれない。でも、羽はある。
この羽で、どこまで飛ぶか
ここでもう一度、思い出してください。
デビューの前、彼女はスローペースでも成長していく自分を見守ってほしい、と書きました。
半年後には、前に誰もいない場所で「不安と恐怖」に震えていました。
そして一年後、東京ドームで歴史を語り、その成長していく過程を一緒に歩んでほしい、と書いたのです。
「見守って」から「一緒に歩んで」へ。彼女の言葉は、この一年で確かに変わってきました。スローペースだと言ったわりに、ずいぶん遠くまで来たと思います。
それでも矢田萌華は、これからもきっと、怖いものを怖いと正直に書きながら、好きなものには「大」を撒き散らして、前に進んでいくのでしょう。
僕自身は、乃木坂46のメンバーとしての彼女を、これからも応援していきたいと思っています。それと同じくらい、これから乃木坂で、そしてアイドルシーンで、彼女がどんな人と出会い、どんな化学反応を起こしていくのか——それも、こっそり楽しみにしている一人です。
彼女のブログは、今日も乃木坂46の公式サイトで読めます。あの「羽はある。」の回も、呪術廻戦に「大」を何個もつけて悩んだ回も。この記事で少しでも気になったら、まずはそこを覗いてみてください。きっと、想像よりずっと不器用で、ずっと愛おしい女の子に会えます。
この羽でどこまで飛ぶのか。よかったら、一緒に見届けてみませんか。
参考・出典
文中の矢田萌華さんの言葉は、本人の公式ブログ(乃木坂46オフィシャルサイト)より引用しています。
お披露目イベントのエピソード・初舞台後のコメント:THE FIRST TIMES『はじめまして、6期生です』レポート
「ビリヤニ」Wセンターの分析・選抜発表時のコメント:リアルサウンド「乃木坂46、40thシングル『ビリヤニ』フォーメーション解説」
秋田県出身メンバーのセンターは生駒里奈以来およそ10年ぶり2人目:秋田魁新報ほか報道
