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【小説】「君と見た海は」第二話「りんご飴の赤い破片」

五木田洋平さんの音楽「Like a beautiful tide」を使わせて頂きます。

第二話「りんご飴の赤い破片かけら


仁海ひとみちゃん、その浴衣よく似合ってる」
「ありがとう、翔太くん」
 はにかんだ笑顔の翔太を見ていると、こっちまで照れ臭い。紺地に桃色と白のドットが入った珍しい柄だ。帯は、えんじ色に白く花模様が浮き上がる模様で作り帯になっている。草履に慣れていないことが少し不安だった。鼻緒が足先に当たると少し痛む。

 海辺に行った日に、翔太から「つきあってください」と言われた。「これから先も二人の関係が変わらないこと」を約束してくれたのだ。これまでも二人で出掛けることはあった。でも今日は、恋人として初めて出掛ける日なのだ。楽しみにしていた秋祭りなので、いつもとは違う雰囲気で浴衣姿を翔太に見せたかった。
「お母さん、帰りも翔太くんが家まで送ってくれるっていうから」
「ひとちゃん。いってらっしゃい。翔太くん、よろしく頼むわね」
「任せて下さい」
 翔太は、張り切って答えた。母は、受験生である私たち二人を心配そうに見送った。

「ねぇ、翔太くんは、神社の露店で何が食べたい?」
「そうだな。たこ焼きかな?」
「それいつだって食べれそうだよ。うちは断然りんご飴」
「そうだね。僕もりんご飴食べたいな。仁海ちゃんが残したら、りんご飴ちょうだい」
「なぁにそれ?」
 私たちはとりとめのない話をしながら海沿いの道を歩いた。浜の香りは空気のようなもので普段は気に止めることもない。この街の色々なところに潜んでいる。浜の香りと共にここに住む人は、何かを記憶していくのかもしれない。

 海から道路を挟んだ反対側の丘にある神社に到着した。鳥居の前で翔太は一礼をした。私もまねをして一礼した。
「実は僕がこの秋祭りで一番楽しみにしているのはね、手筒花火なんだ。ほら、体育祭に来てくれた手筒花火保存会の人達だよ」
「翔太くんの、お父さんや、おじいちゃんも入っている会ね」
「そうだよ。そろそろ始まると思うんだ」
 その時、地響きのような和太鼓の力強い音が少し奥の広場から聞こえてきた。
「急ごう!」
 翔太は、私の手を握って掛けだした。二人で息を切らせながら走った。手をつないでいなかったら私は翔太をすぐに見失ってしまっただろう。履き慣れていない草履は、私の歩みをさらに遅らせた。広場に到着すると既に多くの人だかりができていた。体育祭の時より、たくさんの保存会の人たちが並んでいた。

 桶胴おけどうと呼ばれる大きめの和太鼓を、地の神を呼び覚まそうとするかのように勇ましく叩いている。八人が横一列に並び、腕の動きも、躍動する上半身も揃って演奏している姿は神々しかった。
 そこへ手筒花火を横向きに抱え神輿みこしでも運んで来たかのように、黒い法被を着た男達が勇ましい掛け声と共に現れた。和太鼓の音が鳴り止んだ。静けさと、男達が運んできた緊張感が広場を埋め尽くした。
 男達は、手筒を地面に置き点火した。その手筒をゆっくりと水平に持ち上げて、少しずつ垂直に近づくよう吹き出し口を上にすると火花が十メートル以上吹き出す。勢いよく上がった火柱は、豪雨の雨つぶのように赤々とした火の粉を、手筒の揚げ手の真上から降り注ぐ。重心を落として、しっかりと大地を踏みしめるために開いた足の片方に手筒を添わせ、揚げ手は火の粉の熱さなどたじろがずに堂々と魅せている。勢いのいい音は豪雨の音にも似ている。一本の手筒花火が火柱を吹くのは三十秒ほどだ。最後の瞬間に近づくにつれてその火柱は太く、赤く、そしてだいだい色に天に伸びていく。

 最後の瞬間に爆発音と共に手筒花火は果てるのだ。「ハネ」と呼ばれるそれは、爆発音と振動を伴う。揚げ手は手筒の意思を聴いているかのようにその振動を受け止めながら役目を終えた手筒を下ろす。そして次々に、手筒花火の火花は途切れることなく次の揚げ手へとつながれていく。
「僕はさ、あの手筒花火を上手に操ってみたい」
「そうなの? 初めて聞いた」
 翔太の目がきらきら輝いて見えた。生徒会長だった翔太が、体育祭に「なぜ手筒花火保存会の方を招いたのか?」その真意を、今、少しずつ理解している。
「手筒を抱える立ち姿が、美しいね」
「でしょ?あの立ち姿は人生を背負っている感じがするんだ」
「うん、なんだか説得力がある」
「手筒花火はね、無病息災を願って奉納されているものなんだよ」
「見て楽しむだけじゃないのね」
「そこも惹かれているところ。それに、あの手筒は揚げる人が手作りしてるんだよ」
「そうなの?」
 手筒花火を手作りしていることよりも、翔太の手筒花火に対する思いが大きいことに私は驚いていた。
「戦国時代に、情報伝達手段として狼煙のろしの代わりに使われたのが手筒花火の発祥だって言われてるんだ」
 手筒花火のことを話す翔太は生き生きとして、楽しそうだった。

 手筒花火の余韻に浸りながら、おいしそうな香りに誘われて境内の夜店を覗いて散策していた。
「翔太くんは、たこ焼き食べる?」
「やっぱり焼きそばとりんご飴にするよ」
「翔太くんもりんご飴好きなの?」
「うん。あのカリカリと、りんごの食感が混じるところが好きだな」
「うちも、食感が混じるところ好き!」
 りんご飴の夜店で、翔太は二つ買って一つを私にくれた。ちょうど空いた境内のベンチに腰掛けた。私がりんご飴を食べている間に、翔太は焼きそばとりんご飴をいつの間にか食べ終わっていた。
「仁海ちゃん、ちょっといい?」
 翔太の顔が近づいた。私の頬に付いてしまったりんご飴の小さな半透明の赤い破片かけらを見付けると、指でそっと取って自分の口に入れた。頬が熱くなり、私の鼓動は少し高鳴った。

「仁海ちゃんは、志望校決まった?」
「うん。私学の星島高校英数科にしようと思って。翔太くんは?」
「今日、仁海ちゃんに必ず言わなくちゃって思っていたんだけど・・・・・・。水産高校に行こうと思うんだ」
 私は、自分の耳を疑った。水産高校は県に一つしかない学校で、この街からは車で二時間ほどかかる場所にある。どうやって通うのだろう? 
「漁業をさ、続けていく人も必要だと思うんだ」
 この町に古くからある漁業の仕事を将来に残していきたいのだという。漁業を中心に栄えてきたこの町も漁師を仕事にする人は減り続け、今では十名もいない。
「翔太が考えていることって、自分のことだけじゃないんだ」
「そんなかっこいいものじゃなくてさ、小さい頃に、一緒に漁に連れて行ってもらったことがあって、楽しかったんだよね。漁をすることが」
「そうなんだ」
 力なくつぶやいた。
「ここから通学できない距離だから寮生活になる」
 嫌な予感が的中し、私は返事ができなかった。俯いても隠せないほど、涙が落ちてしまう。
「ごめん、仁海ちゃん。今までみたいに会えなくなるけど、こっちに帰った時は必ず会いに来るから」
 毎日のように会っている翔太のことが、突然、遠い人のように思えて淋しくなった。風に乗って流れてきた浜の香りは、いつもと同じように優しく通り過ぎていく。

「私は翔太のことをなんにも知らなかった」
 俯いても隠せないくらいの涙がこぼれ落ちてきた。


*  *  *


 僕が将来やりたいことは、二つ。ひとつは、祖父から父へと代々続けてきた手筒花火を受け継ぐこと。そして、もうひとつは、この町の産業である漁業を未来につなげていくこと。

 大好きなこの町は、年々人口が減り続けていて、いつか限界集落になってしまう。目まぐるしく変わっていくこの時代に、どうしても残したい大切なもの。それは、地域の伝統だったり、産業だったり、この町そのものだ。昔から当然のようにそこにあるけれど、誰かが何かをしないと消えてしまう。伝統や産業は、必死に学んで次の誰かに伝えない限り、衰退する。僕は、自らその伝承者になりたいと思ったのだ。

 いつの日か自分の役割が果たせる大人になれるよう、僕は、大好きなこの町を一旦離れ、ここから車で二時間かかる水産高校へ進学することを決意した。この決意に迷いはなかったはずだった。
 でも、仁海ひとみちゃんに伝えた時の、悲しみに溢れた表情が、僕の心に刺さっている。彼女の微笑みが、これまでの僕を支え続けてくれていたことに気付いたのだ。中学生になるよりも、もっとずっと前から。

 彼女がたとえ悲しみに暮れていても、僕は、前に進んで行かなくてはならなかった。 
 僕たちは、一緒にいると心地良くて、それだけで満足してしまうようなところがある。だから、一旦離れてみることも、お互いにとって大切な時間のような気がして・・・・・・。うまく言い表す言葉は見付からないけど、二人でいると、二人で一人分の役割しか果たせていないような感覚がある。

 ひょっとすると、お互いに少しずつ依存し合っているのかもしれない。だから、僕たちの先に二人の「未来」をつくっていくのだとしたら、会えない期間があってもいい、そんな気がしていた。







Armadasさんの動画より 
<概要より引用>豊橋市商工会議所青年部/三河伝統手筒花火連合会