「言わせて頂いてもいいかしら?私の個人的な意見」
スキに対する考えは人それぞれ
わたしは「ひとつのスキに感謝しています」
通知に届くアイコンを拝見しどなたから届いたのか分かります。
noteを始めた頃、育児記事を書いていました。
一生懸命書いても、書いても12スキくらいしかつきませんでした。
今もその当時の記事は、ずっと下の方で眠っています。
当時は、初めての方にフォローをする際には挨拶を、皆さんがされていた御様子でしたので諸先輩方に習いました。
「〇〇の記事を拝見して、~と感じました。フォローをさせて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
他の方の様子を拝見し、こうした文化があるのだなと理解して実践しながら1人ずつフォローをさせて頂く方を増やしていきました。
こんなふうにして、少しずつ顔見知りの方を増やしていくうちに少しずつ少しずつスキをいただけるようになったことを今も覚えています。
なので、私にとっては「ひとつのスキ」にたとえどんな意味合いがあったとしても今も大切に受け止めています。
・読んだよ!
・いいね!
・今日は時間がないからスキだけ押しとくね!
どんな意味合いがあるのかは、知る由もありませんから、受け取る側からしたら、どれも大切な価値のあるひとつだと考えています。
追伸
相互フォローというのは、ただフォローされたらフォローするお人好しではありません。
フォローを外されたら、こちらも外すという意味も内包しています。note上での信頼関係が成り立つか、どうかという意味合いも含んでいるのではないでしょうか?
記事で意図したいことは隠れている場合だってあります
「あなたが、あなた自身の考えを持っているのか」問われていることだってあるのです。
これは今日の私の教室での出来事。
「仲間」って何?というテーマでの一場面です。
ある児童が自分の動作で何かを伝えようとします。
右側に座り、猫のまねと鳴き声。
左側に座り直し、犬のまねと鳴き声。
さて一体この子は何を言いたかったのだと思いますか?
この子は猫好きなお子さんなのです。でも、猫と犬が話をしている様子を表現したかったのです。
「猫と犬は異なるものではあるけれど、お互いに話が通じ合えたり、心が通じ合えたりする」
「仲間」という言葉がもつ意味を小学3年生は見いだして、伝えてくれたのでした。
「仲間」とは物事を一緒にする集団、同じ目的をもって一緒に過ごす人のこと等を表しています。
異なる意見や主義の方の記事だったとしても、その記事から学ぶことはむしろあるように感じます。自分にない考えは、自分の価値観の振り幅を広げてくれるように感じることがあるからです。
「創作は自由」とはいえ、私は意地悪な記事や悪意を感じる記事にはスキを押すことは躊躇します。言葉遣い等表面上の話ではありません。その本質がどこにあるのかを考えたいと思うのです。
