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自己紹介☺

noteを始めてちょうど1週間!
<R3.12.25>

 令和3年12月19日にnoteを始めて1週間経ったところですが、自己紹介をさせて下さい。読んでいただけたら、うれしいです☺

 私は現在、小学校の教員をしています。もともとは、中学校で英語の教員をしていました。小学校で採用試験を受けたのですが、中学校の英語の先生の数が足りなくて配属されました。

 「中学校の先生だけにはなりたくない」と自分が中学生の頃に思っていたにも関わらず だったのです。自分が中学生の時は、「金八先生」のドラマ全盛期の頃で、実際に「暴走族など流行していて、中学生は荒れていたのです。」教室で、中学生との関わりの中、大変そうにしている先生方を見て、「私は、絶対に絶対に、中学校の先生にだけにはならないでおこう!」と堅く決意をしていたのでした。

 ところが当時、英語の先生方は思い切りが良くて、教師の仕事を辞めて海外に留学したり、英語を生かして別の仕事を選択する方が多いらしく、欠員が多かったのです。どこに配属されるかは、もちろん自分では選べません。組織の中の1人として、なんとか、与えられた中学校という場所でがんばりました。

 大学時代は、養護学校(現在の発達支援学校)の先生になるつもりで、養護学校教員養成課程に所属しながら、教科の免許も取ることができたので、自分の好きな英語の免許も取り、小学校課程、中学校課程の免許も取ってみることにしました。

 その当時、「どの免許をどれだけ取得したらいいか?」はとても悩みました。でも、岐路に立った時、選択に悩む時は、「より大変な方をとりあえず選んでおこう」「大は小を兼ねる」と思うことにして念のため色々な免許を取った結果、その念のため取った英語の免許の方が、小学校での外国語活動開始等とリンクしてその後の人生に役立っています。

 また、大学時代には、様々なボランティア活動をしました。「自閉症児のキャンプの企画」「こなみちゃん(てんかん症状をおもちの方のコミュニティ)キャンプに参加」「子供病院で、言語治療士の方に付いて週1の実習(お願いをして潜入)」「喫茶店で無料でいいから働かせてもらう代わりにケーキ作りを教えて頂く活動(当時、いつかカフェを開きたいと思っていたらしい)」それに加えて「結婚式場でのバイト」「JAZZオーケストラ(サークル)」所属 などをしていました。

 養護学校教員養成課程だったのに、養護学校の先生になる選択をしなかったことは、大学時代にボランティアの体験をしたことから、一般の小学校の中にこそ、支援を必要としている子がいるのではないかと考えたこと、知り合いにアドバイスを受けたことなどからでした。そしたら、突然の進路変更だったので、採用試験が難しくてなんと試験を5回も受けることになりました。当時、養護学校の先生の採用は、受けたら受かるくらいの人数だったので、甘く考えていて、自分は採用試験の準備をほぼしていなかったのでした・・・。(^_^;)「あれ、みんないつ勉強してたの?」と本気で思いました。

 大学時代の私は、周囲のみなさんにとても助けて頂きながら、様々な活動をして、卒業することができました。

 今でも記憶に残るのは、「卒業論文提出の日」です。子供病院で実習もさせて頂いた関係で、4年生の3月だったでしょうか。卒業を控えた時期に、言語治療士の方の学会に同行させて頂いたのですが、その代わりに、その会のテープ起こしを依頼されました。もちろん、喜んでやらせて頂いたのですが、時間が思った以上にかかったことと、自分の卒業論文用の実践をまとめるのに、相当、こだわってしまい時間がかかってしまったこと、様々な要因で、なんと卒業論文が仕上がるのが、〆切りの日になってしまったのです。

 同じゼミの子は、私がなかなか論文を提出に来ないので、心配して車でアパートまで迎えに来てくれました。最後の1枚をプリントアウトして、綴じ紐でとめ、友達の車に乗り込んで、ゼミのある建物に向かいました。その時刻、〆切りの正午5分前!

 私は当時、車を持っていなかったので、本当に本当に助かりました。もし歩いたり、走ったりしてあの大学のキャンパスの、まるで登山道のような登り坂を行ったとしても間に合わなかったことでしょう。

 後で聞いたら、ゼミの建物の窓から、友達が「まだ来ない、未だ来ない」と心配して覗いていてくれていたようで、「あ、こっち車通った!」「あ、今度は、こっちまで車が来た!」「あ、やっと階段、登ってきた」「まさに、正午ギリギリ提出!」「よかった!間に合った!!」と実況中継をしながら見守ってくれていたとのことでした。本当に、ぎりぎりスレスレのところで〆切りまでに卒論を提出することができ、無事、卒業することができました。ゼミの友達のおかげです。今でも感謝しています。

 それから社会人となった私は、大学時代の自分と決別して、ちゃんと〆切りに余裕を持って提出できる大人になれました。こだわり過ぎて間に合わなくなることよりも、さっさと完成することに価値をおける大人になったのでしょう。そして、また、興味のあることに手を広げすぎずに、できるだけ、一つのことに集中してやろうと誓ったのでした。

 それから数十年が経ちました。失恋もして、結婚もして、子供も生まれ、その子供も、大きくなりました。
 自分の仕事での立場も、少し責任のある場所へと変わってきました。           

 「50歳となってしまった今、あと10年で本当に自分がやりたいことって何?」と自問自答をする日々の中で、様々な人とつながりをもつことができ、その方の考えに触れる中で「やっぱり、興味のあることは、手を広げてやってみよう!」

 あの、20代の頃のようにシフトチェンジすることができたのです。

 今は、「勝手に自分で決めたnoteの〆切り」に間に合うように、日々、仕事と家事&育児と諸活動とnote投稿とのバランスを取りながら、毎日寝不足と戦っているところです・・・。

 noteに投稿されている先輩方の記事を読むと、とても勉強になります。皆さん、才能がありすぎで、おののいております。

どうぞ、よろしくお願いします。もしよかったら、フォローしていただけるとうれしいです。☺️

職場では、研修主任として、先生や子供たちの「学びをつなぎ、深める」ために、奮闘中です😉


最後まで読んで下さってありがとうございました。
★あなたの今日が、輝きますように☺


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