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「コミュ力がない」と悩んでいた僕が、分解してみたら楽になった話 |コミュ力|仕事の悩み|自己分析

「コミュニケーション能力が大事」

就活でも、社内の評価面談でも、転職サイトのコラムでも、もう何百回と聞いた言葉だと思います。

そのたびに、僕は少しだけモヤッとします。

大事なのはわかる。でも、「コミュ力が大事」って、具体的に何をどうしろと言っているのか。それを誰も説明してくれない。

今日は、その「モヤッ」の正体について書いてみます。



僕は雑談ができない

昼休み、同じ部署の人たちと席が一緒になった。隣の二人は週末の話で盛り上がっている。僕はパンをかじりながら、話に入るタイミングを計っていました。結局、最後まで一言も挟めないまま、ごちそうさまでしたと席を立った。

僕はコミュ力が高い人間ではありません。

仕事の会議や報告ではそれなりに話せます。論点を整理したり、相手の意図を確認したりするのは、むしろ得意な方だと思います。

でも、雑談ができない。何を話したらいいかわからない。飲み会の序盤のフリートーク、エレベーターで一緒になった同僚との30秒。こういう場面がずっと苦手です。

世の中的にはたぶん、これは「コミュ力が低い」に分類されるのだと思います。


コミュ力至上主義という空気

ただ、僕自身、面と向かって「コミュ力をつけろ」と言われたことはほとんどありません。たぶん多くの人もそうだと思います。

でも、それよりもっと厄介なものがあります。

仕事でもプライベートでも、なんとなく「コミュ力が高い人がいいよね」という空気がある。

採用面接では「コミュニケーション能力」が判断基準に入り、社内の評価では「周囲との関係構築」が項目に並ぶ。飲み会で場を盛り上げられる人は好かれ、黙っている人はなんとなく心配される。

誰かに直接言われるわけじゃない。でも、空気として存在している。

この暗黙のコミュ力至上主義が、「自分はコミュ力が低いのではないか」という漠然とした劣等感を作っている気がします。少なくとも僕はそうでした。


でも、「コミュ力」って何なのか

「コミュ力が大事」と言うとき、具体的に何を指しているのか。たぶん、言っている側も明確には定義していません。データを扱う仕事をしていると、曖昧な言葉はつい分解したくなります。

完全に僕の分類ですが、試しに分解してみるとこんな感じになります。

  • 説明力 — 自分の考えを相手にわかるように伝える力

  • 質問力 — 相手の意図や前提を引き出す力

  • 要約力 — 話を整理して短くまとめる力

  • 傾聴力 — 相手の話を遮らず受け止める力

  • 非言語の表現力 — 表情、声のトーン、身振りで表現する力

他にもまだたくさんあると思いますが、これだけ並べても、すべてが得意だという人間は稀だと思います。

逆に言えば、全部できない人間もいない。


僕の場合、質問力に偏りがあった

自分の話に戻ると、僕の弱点は「質問力」でした。ただし、正確に言うと「質問力がない」のではなく、質問力に激しい偏りがある

仕事の場面では、自分に影響がありそうなことは必死に質問します。「この仕様の背景は何ですか」「このスケジュールで問題ないですか」「リスクはどこにありますか」。こういう質問は自然に出てくる。

でも、雑談になると途端に何も出てこない。

「週末何してたんですか?」と聞かれて答えた後、相手に同じ質問を返すのが精一杯。そこから話を広げる質問が浮かばない。

冷静に分析すると、僕は自分の仕事に影響する情報には強い関心があるけれど、それ以外の話題に対しては関心のスイッチが入りにくいのだと思います。

仕事の質問は自然に出てくるが、雑談での質問は自然に出てこない。努力で変わる部分もあるとは思いますが、少なくとも「能力が足りない」とはちょっと違う気がしています。

でも「コミュ力」という一語でくくられると、まるで全体的に能力が欠けているように聞こえる。


分解すると、劣等感の正体が変わる

「コミュ力が低い」と思っていた頃の僕は、漠然と「自分は人とうまくやれない人間だ」と感じていました。

でも、分解してみたら違った。

説明力や確認力は、仕事の中で普通に使えている。要約力も、データ分析の報告で毎日鍛えられている。弱いのは仕事外での質問力。雑談力ともいえるかもしれない。それだけのことでした。

全部が弱いのと、特定の1〜2個が弱いのでは、話がまったく違います。

前者は「自分という人間の問題」に見えるけど、後者は「特定の場面の課題」にすぎない。課題であれば、対処のしようがある。

僕の場合は雑談力が弱いとわかったところで、雑談が急にうまくなったわけではありません。でも、「コミュ力がない」と漠然と凹んでいた頃よりは、だいぶ気が楽になりました。

弱いところがわかっていれば、そこだけ意識すればいい。


「コミュ力をつけろ」は、「健康になれ」と同じ構造

もう一つ気になっていることがあります。「コミュ力が大事」と言う側の解像度です。

「もっとコミュ力をつけましょう」と言うのは、医者が患者に「もっと健康になってください」と言うのと同じだと僕は思っています。

健康になれと言われても、何をすればいいかわからない。血圧が高いのか、コレステロールが高いのか、運動不足なのか、睡眠が足りないのか。診断があって初めて、具体的な対策が見える。

コミュ力も同じ構造です。診断なしに「コミュ力をつけろ」と言っても、何も動けない。

フィードバックする側が「コミュ力」を分解できていなければ、言われた側はただ漠然と劣等感を抱えるだけです。


僕がnoteで書いていることは、たぶんこの分解作業

振り返ると、僕がこのnoteでやっていることは、「コミュ力」を一つずつ分解する作業なのかもしれません。

上司に提案が通らない → 相手の言葉に置き換えて伝える話。
会議で脱線を止められない → ゴールを先に共有する話。
仕事を抱えすぎてパンクする → 引き受ける前に確認する話。

全部「コミュ力」で片づけられがちなテーマを、一つずつ取り出して、何が起きているのかを見ている。

でも、大事だと言うだけでは何も始まらない。大事なのは、その中身を分解して、自分はどこが強くてどこが弱いのかを知ることだと思っています。

少なくとも、「コミュ力がない」という漠然とした一言で自分を評価するのは、もうやめていいんじゃないかと思います。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

普段は、仕事の中で感じたことや考えたことをデータ分析者の視点で書いています。

今回は「コミュ力」を分解する話でしたが、先ほど登場した「仕事を抱えすぎてパンクする話」も置いておきます。気になった方は、こちらもぜひ覗いてみてください。


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