あとのまつり
週末、一言主(ひとことぬし)神社へ行ってきた。
忙しい1週間を乗り越えたご褒美に、口コミのいいお蕎麦を食べて、お参りをして帰る平和な休日を過ごすつもりだった。
一言主(ひとことぬし)神社は、地元では親しみを込めて「いちごんさん」とも呼ばれている。
名前のとおり「一言の願いであれば何ごとでも叶えてくれる」という、ありがたい神様がいる場所だ。
お祀りされているのは、一言主大神。古事記によれば「悪いことも一言、良いことも一言でお告げをする」神様だそうだ。
この神社の存在を知ったのは、私がライターとして、安定した仕事をもらえるようになってから。
たまたまの連続で仕事を得た強運ライターでしかない私は、実力でのしあがってくる実力派ライターの影にいつも怯えていた。
いつ「お前なんかいらない」と宣告されるかと、ハラハラする心を鎮めたくて、言葉の神様ともいわれる一言主大神様にゴマをすりにきたのだ(※護摩ではない)
だってすごいじゃないか。ネーミングもコンセプトも色気がありすぎる。
検索窓に「言葉の神様」と入れればトップに躍り出る、SEO泣かせのトップ・オブ・ゴッドだぞ。
いや、トップに出てくるのは私が行った神社とは別の一言主神社だが、お祀りされている神様は同じだ。
そしてゴッドはおもにキリスト系の神様だ。失礼しました。
なんにせよ言葉で商売していこうという私にとって、これほど心強い神様はいない。
神様の存在を腹の底から信じきれなくとも、行ける範囲にこんな神社があったら、指紋認証がエラーを出すくらい手をこすり合わせて拝むにきまっている。
おかげさまでなんとか仕事を続けられているのも、一言主大神様のおかげであろう。なので今年もいそいそと、ご利益をあずかりに来たのだ。
この神社は「一陽来復守」が有名で、初めてご縁をいただいてから毎年、我々一家はこのお札を受けに訪れる。
お札はちょっと変わっていて、節分の夜0時に、玄関の高い位置にお祀りするのが習わし。その年の恵方にお札の正面を向けるので、玄関内で毎年祀る場所が変わる。
その「一陽来復守」は節分よりも前、毎年決まった期間だけ配られる。
なのでこの時期は、私と同様、神様に自分を売り込もうという人がうじゃうじゃくる。そしてその全員がライバルの実力派ライターだったらどうしようという妄想でハラハラする。
早くお祈りをすませて、このハラハラと決別したい。
週末だったこともあり、小さな神社の駐車場は車でいっぱいだった。
空いた場所を探していると、駐車場にオレンジの作業着を着た人がしゃがんでいる。停車中の車のそばで何やら作業をしているようだ。
そばには作業を見守る女性が数人。オレンジの人の作業を見守っている。
JAFだ。
事故だ。
あと少しで神様のご神託を受けられたのに、なんてことだ。
見たところ、女性たちに気落ちしている様子はなく、車もフェンダー以外に傷はなさそう。
ただ、JAFの人が来ているところからすると、そのまま動かすには支障がある状態だったのだろう。
応急処置として貼られた緑のテープが「たった今やっちゃいました」感を滲ませる。幅広の絆創膏のようで痛々しい。
彼女たちがあと数時間早く一言主神社に来ていれば、一言主大神が「運転に気を付けろ」と、一言お告げを下さっていたに違いない。
もしくは昨年のお参りのうちに、「出発を早めろ」とお告げされていれば。
周囲の同情をよそに、女性たちがのほほんとしているのが唯一の救いだった。誰かを傷つけるような事故ではなさそうで、本当によかった。
その後我々は何ごともなかったかのようにお参りを済ませた。表面上は。
あれほどライターとしての安穏を望んでいたのに。言葉の神様の御神力にすがっていたのに。
心の奥底で「今すぐその言葉をひっこめろ!」という警告が鳴り響くなか、私は一言の願いを口にしてしまった。
「無 事故 運転」
一言主神社へ赴くのは1年に一度。そして、一言主大神が叶えてくれるのは一言の祈りだ。
このさき一年を灯す唯一の火をみずから吹き消した私は、突然お先真っ暗になったライター人生に立ちすくんだ。
呆然とする私をよそに、続々と訪れる妄想実力派ライターたち。きっと執筆の上達を祈願し、さらなるステップアップをするに違いない。
事故を目撃するまでは、私も当然、文章力の上達や、実力派ライター達が執筆以外にもっと楽しい仕事を見つけるよう祈願するつもりだった。
私は昨年「目を閉じて来い」とのお告げを聞き逃していたのか。
表面上は何事もなかったように佇む私の脳内で、犯人探しが始まった。
一体なにが悪かったのだ。
事故を起こした女性か?
それとも、神様を目前に心を惑わされた自分か?
もしくは神社の前に立ち寄った、めちゃくちゃ美味しいけれど提供の遅い蕎麦屋のせいでタイミングがずれたのが原因か?
出て来い!センパン(戦犯)マン!!
清い心を小銭と一緒に賽銭箱へと投げ入れてしまったのか、私はあらゆるものに悪態をついた。
けれど、一言主大神は私の希望をすべて持っていくようなマネはしなかった。

ゴッドって言ってごめんなさい。15円しか入れなくてごめんなさい。
こんな私でも見捨てない一言主大神は、やっぱり神の中の神だ。
そしてこの一連の出来事は、
「オマエいい加減、実力で仕事取ってこいや」
という一言主大神からのお告げかもしれない。
