noteを始めて2年!改めてここに決意を
来月で、noteを始めて2年になる。
「いや、丸2年記念日の来月に書けよ」という感じだけど、今書きたくなったのだからしょうがない。今書くよ。
この2年で書いた記事数は、111。
多いのか、少ないのか。わからない。
23年11月スタート。書きたいことが溢れる。
5ヶ月で、69記事。(平均13.8記事/月)
翌4月からやる気が減退。
4〜10月は21記事。(3記事/月)
24年11月〜25年5月、やる気消失。記事0。
今年5月からまた、ちまちまと書く。
今日までに21記事。(3.3記事/月)
書いたような、書いてないような。
他の人と比べるとそりゃあ書いてないのだけど、自分的には意外と書けたな⭐︎という感覚。というか辞めずに続いてるだけで自分的には満点。
本当は、カテゴリ別にも分析してみたいけど、面倒で…。
そろそろ、自分のマガジンでカテゴリ別に整理しようかな。マガジンの存在忘れてた。遅
私と同じ頃にnoteを始めた伊藤翼さん発の「noter全員、サイトマップ書け!」というトレンドに乗り、私もサイトマップ的なものを作って固定記事にしたこともあったのだが、記事更新のたびにそのサイトマップも更新していくのがだんだん面倒になってきてしまって、結局廃止してしまった。笑
面倒くさがりって、ほんとダメ。特に管理・維持する系がダメだわ。(もちろん、伊藤翼さんはなんにも悪くない。完全に私の問題)
読者目線としてはサイトマップがあるとかなり読みやすいなと思っているので大賛成なのだが、自分がやろうと思うと続かない…。
2年前のちょうど今頃、読書の秋で読書欲が高まっていたのか、私にしてはよく本を読んでいた頃で、感想などを読書記録アプリに何度かつけてみたのだけど、やはり面倒が勝り、全然続かなかった。
それでもなぜか、読書をすると、他の人の感想が気になるし、自分も思ったことを言葉にしてみたくなる。あの気持ちは、承認欲求なのか何なのか。
他人の感想文は面白い。似たような感想があれば嬉しいし、逆に全然違う視点での感想にはハッとさせられる。同じ作品を読んだはずなのに、全く同じ感想文を書く人間はいない。
つまりそれは、自分の感想だってこの世界で唯一のものというわけで、どれだけ平凡な感想でも、貧弱なボキャブラリーでも、勇気を出して自分の言葉にしてみるだけで、自分だけのオリジナリティが生まれるという面白さ。喜び。楽しさ。
それを、私も味わってみたかったのだと思う。
傍観者としてではなく、発信者として。
ネットで何かを検索すると、誰かのnoteはすぐに出てくるので、note自体は知っていた。とりあえず飽きたらアカウントを消せばいい。試しにやってみよう、と思った。
そして、気づけば、2年。
まぁ、そのうち8ヶ月は記事0なので、実質書いた月は16ヶ月なんだけど。記事111てことは日数にしたら4ヶ月弱。笑
投稿0が数ヶ月続いてもアカウントを消さなかったのは、きっとまた書きたくなる時が来るという自信だけはあったからだ。消すのはまだ早い、と思った。
それから、私の記事にスキをつけてくれたり、コメントしてくれたり、自分のマガジンにいれて読み返す記事として保存してくれたり、そういうどこかの誰かがいたから、簡単には消せなかった。
世界に公開しちゃってる時点で、誰かが読んでくれてる時点で、もう私だけのものじゃないのかもしれないと思った。もしも私以外のアカウントや記事が全員AIだったら恐怖だけど。(世にも案件)
現時点では、noteのアカウントを消すと、これまでの記事がすべて削除され、閲覧できなくなってしまうらしい。(調べたところ、有料記事は読めるという情報もあったが現在もかどうか分からん)
時々、全部リセットして、新しいアカウント作り直してまた新しい自分で書こうかな!?とか思う日もあるのだけど、これまでのいろいろが全部消えちゃうと思うと、ちょっと勇気が出なかった。
このアカウントを放置したまま、新しい別アカウントで発信することも考えたけど、なんかそれもな〜と思って、決断できなかった。
とりあえずは、このまま、もう少し続けてみようかなと思っている。
マガジンはどうしようかな。
マガジンで自分の記事を整理するのすら、面倒なんだよな…
しかし何よりも重要なのは、
私は初志貫徹で行きたいのである。
スタート時からずっとプロフィールに書いている。
noteの目的は、思考・感情の言語化の練習。
誰のためでもなく、自分のために書く。「誰かのために伝えたい」とかじゃなくて、完全に自己満な、自分の言語化の練習の場として、ここを使わせていただきたい。プラス、アドラーの教えをここでたくさん見つめ直して腑に落として、しっかり自分のものにしたい。
職業や肩書きをプロフィールに書かず、記事でもその辺を具体的に明記しないのはあえてで、仕事や家庭での役割から離れ、名前のないただの個人、人間としての感情を素直に書きたいと思ったからだ。(あとは、こそこそ書いているので身近な人への身バレが怖いからだ。笑)
アイコンだって、noteのデフォルトのやつだ。アイコンで個性を出さないようにするためだ。猫は飼ってないが、猫はいつも自由で可愛いし、このイラストはとても気に入っている。ありがとうnote。
とにかく、「書く」「読む」以外のことは全部やらない方向で行こうと思ったのだ。
自分の記事は有料にしない。
人の有料記事も買わない。(ごめん!)
コンテスト系にも応募しない。
メンバーシップも入らない。
連続投稿も頑張らない。
noteのバッジも無視。
スキやフォロワー数も気にしない。(正確には気になるのは仕方ないとしても増やしたいとか欲を出さないように意識)
マーケティング的に効果的な投稿時間とか、読まれる記事のコツとかも無視。ただしタグ付けは好きなのでする。
求められていそうなことは意識せず、自分が自発的に書きたいことだけを書く。書きたいときに、書きたいように書く。投稿後だろうと、誤字脱字、変えたい言葉があればガンガン修正する。
いや、本音を言えば、読まれる記事のコツとか、有料記事に何が書いてあるのかとか、めちゃ気になる(笑) しかし、そこを意識してしまうと、大事な初志がブレるので、意識的に無視するようにしている。無料なら読む時もあるけど。
もちろん、お金が循環しないとnote運営の利益にならないし、そうなればnoteという場の存続にも関わるのだから、有料記事を売る&買う意義はとてつもなくある。それは重々わかっている。しかし、少なくともこのアカウントでは自分の気持ちを優先したい。買う時は別のアカウントから買うから許して。
毎日投稿はおろか、毎月投稿ですら挫折した私は、確実に意志が弱い人間だ。ちょっと油断すると、あっという間に手段と目的が入れ替わってしまう。初心を忘れてしまう。
だから、このままでいく。今のところは。そういう人間がこのnoteの隅っこに一人くらいいてもいいよね。多様性の時代だしさ。
とかいいながら、来月にはあっさり有料記事にチャレンジしてたりして。笑
基本強い信念とかない人間なので、未来を保証できるほどの確実な強い決意ではないが、とりあえず「今ここ」の自分の思いを大切にしていきたい。
私が大好きな偉大なるアドラーの言葉を胸に。
「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」
3年目も、続けられますように。
書きたいことを、素直に書ける自分でいられますように。
