下剤1リットル飲んで大腸内視鏡に挑んだはなし。
健康診断異常アリ。
「大腸内視鏡検査を受けたほうがいいですね」
会社の定期検診の結果を眺めながら、かかりつけ医の先生が宣告した。夏場は体力が保たないから涼しくなったら病院を紹介するとのことだ。それだけ猶予があったら余裕で逃げ切れるだろう、とスツールに腰掛けたまま脚を揺らした。
ところが今度は会社の健康管理室に呼ばれて、問答無用で大腸内視鏡検査の予約を取られてしまった。看護師が直接検査センターに電話したため私に逃れる術はなかった。相手との距離を感じるカウンターの上に置かれた書類の数々にサインさせられ、最後にプリントと下剤を渡された。
プリントには検査日の前々日から当日までの注意事項が書かれていた。曰く、前々日から乳製品と繊維質を多く含む食品を食べてはいけないらしい。前日は三食のメニューが指定されていて、当日は検査終了まで絶食だ。
検査前々日、つまり9月23日は昼食にざるうどんを食べた。つゆに入れる薬味――いかにも繊維がピンピンしている生姜、プリントに名指しで禁止されているネギは抜くしかない。薬味無しで食べるざるうどんがあんなに味気ないとは思わなかった。
検査前日は三食すべて腹に溜まらないメニューだ。白粥を食べたばかりなのに、テレビに映るシャインマスカットが名前の通り輝いて見えてお腹がくうくう鳴った。

規定の時間に飲んだ下剤のせいで地獄の一夜を過ごしたあと――つまり今日だが――検査センターを訪れた。
まずは問診を受けたのだが、同時に説明を受けた検査方法に愕然とした。
モビプレップという下剤を最低1リットル飲むこと、腸が綺麗になったかどうか確認するためにトイレ内から人を呼ぶこと、検査中は腸に空気を入れるのでおならは我慢しなくていいこと。
高田宏の『エッセーの書き方』第1章で「人間はあらゆるものにとらわれている」例としてシモの話を読み「これはちょっと」と思ったばかりだった。早々にこの手の試練に出くわすとは……。
問診が終わると、モビプレップを飲むテーブルと「貸切トイレ」を案内された。
無愛想なプラスチック製のピッチャーから、1回につき200ミリリットルずつのモビプレップを目盛付きの紙コップに入れて10分置きに飲む。これが塩辛すぎるポカリスエットのような味でたいへんマズい。最初の一杯は思わず嘔吐きそうになったほどだ。
待ち時間は腸の働きを活性化させるため歩行などの運動が推奨されているのだが、センターの外に出るのは(体に異常が発生した場合を考慮して)禁止されている。結果として私はテーブルの周りでふしぎな踊りを披露する羽目になった。観客がほとんどいないのが幸いだったかもしれない。
クソマズモビプレップを四杯ぐらい飲んだあたりでようやく効果が現れ始めた。トイレに行った回数は正の字で記録するのだが、下剤チェック表の右下にマジックではなく、グラフィーロに新しいガラスペンで正の字を書きたい。浪費が過ぎてもう半年はガラスペンを買っていない。
最後の1回で良かったはずのトイレチェックも、看護師がしょっちゅうテーブルに来ては「次回のトイレのときにいったん呼んでください」と指示してくる。一刻も早く解放されたい。具体的には、少し離れたテーブルで同じようにモビプレップを飲んでいる痩せ型のおじさんより先に検査を受ける資格を得たい。
1リットルのクソマズモビプレップのあとに白湯を飲みながら、若いころ渋谷でキャッチに捕まったときのことを思い出していた。宿便排出によるダイエット効果を謳ったサプリの押し売りで、暗い室内に連れ込まれて開口一番「あなたが憧れる女優さんは?」と訊かれた。正直ドラマや実写映画に興味が無かったので、適当に藤原紀香と答えた。押し問答で何度も「藤原紀香みたいになりたくないの?」と訊かれたが、なんとか逃げ切った。彼らの主張が医学的に誤っていることを、クソマズモビプレップを前にして初めて知った。騙されなくて本当に良かった。
13回のトイレを経て腸洗浄競争は私が勝ち、渡された検査着に着替えて内視鏡検査室に入った。
胎児のようなポーズで検査台に横たわる。このセンターでは麻酔とポリープ切除はできない。内視鏡が腸の曲がり角を通るときに傷むかもと言われていたが、多少の違和感を感じただけだった。
これは楽勝だぞ、という私の余裕が打ち砕かれたのは仰向けにされたときだ。
「いいいいいい痛い痛い痛い!!!!!」
注入されたガスが行き場を失い、限界まで膨れた腸に激痛が走った。気分は尻から空気を入れて膨らまされたカエルだ。私はやったことないが、カエルの尻に空気を吹き込む遊びは全面禁止したほうがいい。あまりに残虐すぎる。
何とか痛みが引いたあとは、モニターに映る自分の腸内を見る余裕ができたが、力を抜けと言われていたはずの全身はずっと力みっぱなしだった。
検査が終わって元の服を着替えた私は、ロビーでポリープ2個の情報が書かれているのであろう紹介状を受け取った。振り返るとちょうどおじさんが内視鏡検査室に入るところで、思わず「おじさん頑張れよ……」と呟いた。

「みんなこの程度の痔はある」らしいけど。
野やぎさんの企画で読んで貰いました!
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