近所の町中華がつぶれた
いつもの散歩コースにある町中華が、閉まっていた。いや、ただ閉まっているだけじゃなく、貼り紙がしてあった。
「しばらくの間、お休みします 店主」
正直に言えば、何度も通った店ではない。ラーメンを食べたのは数回ほど。500円。味は普通。でも、それがよかった。
あの店を意識するようになったのは、数年前のことだ。僕は小学校の先生をしていて、一度休んだあと、復職したばかりの頃だった。
心がまだ整いきっていなかった。自分で「もう一度やってみよう」と決めたはずだったけど、職場に向かう朝はやっぱり苦しかった。準備して、家を出て、職場に着くまでの道のりが怖かった。だからそのあいだに、散歩を挟むようになった。職場と家をつなぐ、長い長い廊下。その廊下のような役割を果たしてくれたのが、朝の散歩だった。
教員の朝は早い。8時には子どもが登校してくる。だから逆算すると、5時半には散歩を始めていた。平日の5時半。大通りだって人は少ないし、一本脇に入れば、誰ひとり歩いていないことがほとんどだった。
そんな道の途中、必ず見かける人がいた。
あの町中華の店員さんだった。
誰に見られているわけでもないのに、毎朝5時半から店の掃除をしていた。ほとんど話したことはない。挨拶くらいは交わしたかもしれないけど、ただ通り過ぎる、それだけだったけど。
誰に言われるでもなく淡々と掃除をする姿が美しく、気付けば励ましてもらっていた。
それまでは、散歩コースにあるだけの古びた中華屋としか思っていなかった。行ってみたいとも思わなかった。だけど、毎朝掃除している姿を見てからは、不思議とあの店に入ってみたくなった。
ある休日の昼間、ふらりと入ってみた。狭いけれど落ち着く店内。満員ではないけれど、ほどよく人がいる。
「いらっしゃいませ。」
「ありがとうございました!」
元気よく店を切り盛りしている女性。毎朝掃除をしていたあの人だった。
特別じゃなくていい。ただ、そこにあるだけで、安心できるものってあると思う。
その店が、今はシャッターを下ろしている。理由はわからない。でも、しばらくの間だけじゃなく、このまま閉まってしまうのではないかという不安が心に浮かぶ。
たくさん通ったわけでもないし、店主やその娘さんと親しかったわけでもない。けれど、僕の朝の記憶の中に、確かにあの人たちはいた。
あの頃の僕を、見守ってくれていた存在だった。
ラーメンは500円。味は、普通。でも、それがよかった。
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