【職人図鑑】彩画職人部類(10)雕鐫(ほりもの)

雕鐫 ほりもの
世に後藤氏をもつて称す。傳へて云、後藤四郎兵衛祐乗は、普光院義教公の家臣たり。一旦、義教公の怒にふれて、獄舎に入れり。頃は六月、炎天のしのぎがたきを、籠守、是をあはれみ桃実をあたふ。
祐乗 大に歓び、其核の面に、山王二十一社、并に、猿六十六疋を彫たり。其 細密、人間のなす業にあらず。
※ 「後藤氏」は、金属装飾・装剣金工の後藤家彫(後藤彫)。創始者は室町時代後期の後藤祐乗。
※ 「義教公」は、足利義教。
※ 「籠守」は、牢屋の番人のことと思われます。
※ 「核」は、さね。果実の種のこと。
※ 「并に」は、ならびに。
※ 参考:『事物原始一千題(後藤家彫刻)』『実業宝典(後藤彫)』『本朝画家人名辞書 下(祐乗)』『改正日本年表(足利義教 普光院)』

義教公、是を聞たまひ御覧あり。● にすなるものとて、其罪を赦し、則 祐乗に命じて、刃物の錦の具を造しむ。其 神妙にして、禽獸艸木、人形に生るがごとし。ついに、彫鐫の家をおこす。
其 彫る所のもゝのたねは、今 常陸國にあつて、日吉の神躰となす。其子、宗乗より代々つゝきて、彫工の妙手也。
※ 「禽獸艸木」は、鳥獣草木。
※「もゝのたね」は、桃の種。
※ 「宗乗」は、二代目後藤宗乗。

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