【不動明王への旅 第4話】信長の墓と光秀の墓が近すぎる!
高野山金剛峯寺 奥之院
高野山は前にも書いたとおり「弘法大師入定の地」だ。
当然、弘法大師を祀る場所がある。それが高野山地区の一番奥にある「奥之院」だ(撮影禁止)
メインストリートから真っ直ぐ目指すと徒歩15分くらいかかる。

しかし、特に日本史好き、武将好きな人なら倍はかかる。
何故なら奥之院の参道の両脇は墓所ばかりなのだけど、その中に日本史上錚々たる武将たちの墓所や供養塔が点在しているからだ。




本当に納骨されている墓があるのに、なぜ、高野山にこんなに武将の墓所が固まって存在しているのか?
それは「弘法大師入定」と密接に関係している。
「入定」とは弘法大師が「瞑想」に入って生き続け、人々の救済を続けていることを意味する。
武将たちはそれを信仰し救いを求めて弘法大師のそばで永遠に眠りたいがために墓所を設けたのだ。
それには高野山の「誰でも平等に受け入れる」という教えのためでもあるだろう。


残念ながら、上杉謙信墓所は地図に載っていたのに見つけられなかった。
ひとり重要な人物を忘れてないだろうか?
徳川家康。
なぜ高野山に墓所がないか?
それは日光東照宮に神として祀られているからではないか?
ここには歴史上重要な武将だけでなく、地元では有名な武将たちも大勢墓所を構えている。鍋島・津軽・安芸浅野・加賀前田・平戸など全国各地をおさめた武将の供養塔がある。
自分の地元の武将の墓所を探してみるのも楽しいことだよ。
戦没者慰霊供養塔も様々な地域ごとに建ててある。
現在も続く大企業の墓所が競うように建てられている。
それもこれも、時空を問わず全ての人を受け入れ救済する弘法大師の本山だからだろう。
あいにく台風が接近中のため早めに宿坊・清浄心院へ。



部屋を撮り忘れてしまった!
8畳の部屋と6畳の部屋を仕切りの襖を取り払らい8畳は居間、6畳は寝室にしてくれた。
夕食は午後5時30分から。もちろん精進料理だ。
[最後の回は精進料理と世俗料理です]
