18万のベースを埃まみれにした男が、本当の「自由」とレスポールを手に入れるまで。
俺の部屋のクローゼットには、長年埃をかぶっていた一本のベースがあった。
18万円もした、ミュージックマンのスティングレイ。
手にした瞬間は世界一のベーシストになったような気がして有頂天になっていたが、当然ながらハイエンドな楽器を買ったからといって急に腕が上がるわけではない。いつしかそのベースはケースに仕舞われ、10年以上もの間、静かに眠りにつくことになった。
そもそも、俺の音楽の入り口は「自分の意志」ですらなかった。
始まりは高2の夏。俺を中心とし、ボンクラ3人組と呼ばれていた出来損ないの友達の1人が、軽音部の女の子に惚れたんだ。そいつがその子にお近づきになるためのダシとして、俺はバンドに巻き込まれた。
「歌うのはNGだから、俺はベースがいい」と言えば、「ベースは俺だから埋まってる」と返される。
「じゃあギターがいい」と言えば、「もう上手いヤツに頼んである」と言われる。
「なんだよ!じゃあドラムしか空いてねぇじゃん!」
そんな消去法で、一番興味のなかったドラムの椅子に座らされた。俺は昔からハードロックが好きで、Slashの大ファンだったのに。
結果的に友達の淡い恋は見事に散ったが、学園祭のステージは見事に成功に終わった。そこで少しドラムが面白くなってしまった俺は、別の友達に誘われて卒業ライブにも出ることになる。そこで出会っためちゃくちゃベースが上手いヤツに教わり、今度はベースを弾きだした。
そして勢い余って買ったのが、あの18万のスティングレイだったというわけだ。だが、見よう見まねの熱は長くは続かなかった。
それから10年以上の月日が流れた。
すっかりおっさんになった俺は、ある時、会社にいた元バンドマンの同僚たちと音楽の話で盛り上がり、久しぶりにスタジオへ入ることになった。「3人で行って、楽器を交代で回しながらジャムして遊ぼうぜ」という軽いノリだった。
しかし、そのスタジオで俺は、圧倒的な絶望を味わうことになったんだ。
「なんでもいいから音出してよ」
そう言われた瞬間、俺は完全にフリーズした。何をしていいのか、全くわからなかった。
元バンドマンの2人は、それぞれの音を聴きながら、その場で自由に音を紡ぎ、会話するように心から楽しんでいた。しかし、過去に誰かの「コピー」しかしてこなかった俺には、自分の足で歩くための「自分の音」が一つもなく、その2人をただ眺めているだけで時間が過ぎていった。
そこに「自由」なんて全くなかった。
用意されたレールの上をなぞることしかしてこなかった俺は、いざ「自由にしろ」と野に放たれた瞬間、一歩も動けなくなる無力な存在だった。本当に自由に音楽を楽しんでいたのは、基礎という強靭な足腰を持ったあの2人だったんだ。
その日を境に、俺は猛烈に「基礎」を勉強し始めた。
今度は中途半端に埃をかぶらせるわけにはいかない。昔から大ファンだったSlashへの憧れを胸に、ギターと真正面から向き合うことにした。
勧められた曲が、たとえ自分の好きなジャンルじゃなくても「勉強になるから」と必死にコピーした。スケールも一つ一つ指に覚え込ませた。地道で長くつまらない反復練習が続いた。
だが、そうしていくうちに、今まで全くできなかったことができるようになっていったんだ。他人の真似事ではない、「自分の音」が少しずつ出せるようになってきた。
確固たる基礎の上でこそ味わえる、本当の自由。
俺は、その基礎を身に付けた上で、ジャムセッションとは別に「自分が本当に弾きたかった曲」にチャレンジし始めた。そしてついに、大好きなガンズ・アンド・ローゼズの曲を3曲、自分の指で弾き切ることができた。
そして、俺は楽器屋へ向かった。
憧れだったSlashが愛するギター。今の俺なら、こいつをただの飾りにはしない。そう確信して、満を持して手に入れたのが、Gibsonのレスポールだ。
真矢のドラムについてのエッセイでも書いたが、音楽に限らず、仕事でもプライベートでも、派手な見栄えや小手先のテクニックの前に、まずは「圧倒的な基礎」がある。
そのしんどくて面倒くさい反復を乗り越えた者にだけ、本当の「自由」や「楽しさ」が与えられるんだ。
俺の部屋で放たれるレスポールの音は、あの頃の「なんでもいいから」に怯えていた音じゃない。
遠回りしたけれど、ようやく自分の足で、自分のビートを刻めるようになった。
このレスポールは、俺が自分の手で勝ち取った「自由」の象徴なんだぜ。
それじゃ、今日も自分だけのビートで生きろよ。
また次のセッションでな。
