話すことが「嫌い」ではなく「苦手意識」を持っているだけ
3児の母で会社員、ももです。
noteの記事の中でも何度も公言していますが、わたしはコミュ障です(堂々と言うことではない…笑)。
でも、人と話すのが嫌いなのか?といったら、たぶんそんなことはないんですよね。
誰でもそうなんじゃないんでしょうか。
あるのは「苦手意識」だけなのかな……と。
ここを一緒くたにせず、必要以上に話すことを怖がらなくていいのかな、という気づきです。
経験が苦手意識を作っている
うまく話せなかった、話が盛り上がらなかった、傷つけられた(傷つけた)、などの経験によって、人と話すことが怖くなったり苦手意識が根付いたりします。
けれど人間は古来より集団で生きてきたので、わたしたちの根っこには、人と関わっていたいという気持ちがあります。
人と話すことによって、ポジティブなエネルギーが生まれた経験は、誰もが持っているはず。
わたしたちは人と話すのが「嫌い」なのではなく、「苦手意識」を持っているに過ぎないのです。
疲れるけど良い刺激になるもの
わたしの会社員の仕事は、ほとんど決まった人としか会話せず、仕事柄、誰とも話さず1日を終えることもあります。
今日は久しぶりに初めましての人と仕事の話をして、気疲れはしたけれど、とても良い刺激をいただきました。
こうした体験があるということは、わたしも人と話すのが「嫌い」ではなく、ただ「苦手」と感じているだけ、ということなんですよね。
「嫌い」と「苦手」を分けて考える
人と話すことを「嫌い」と思うと、ものすごくハードルが高く感じ、尻込みしてしまいます。
メールやチャットで済ませちゃおうかな、みたいに。
でも「苦手」なだけなら、わたしは、ちょっとだけ勇気が出ます。
仕事だと話すテーマがきまっているので、なおのこと、話をしに行ってみようかな、と思えたんですよね。
苦手ではあるけれど嫌いではないなら、せっかくなら直接話した方がいいですもんね。
結果、とても良い体験になりました。
少しの考え方で行動を変える
嫌いじゃない、苦手なだけ。
これって些細な意識の違いです。
でもそれだけで行動が少し変わります。
それが良い方向に向いているものなら、自分の思考をうまく利用したらいいんですよね。
いろいろなことに応用できそうです。
そんな小さな気づきのお話でした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
