僕がいないと止まる。その原因は、僕自身だった。
ふと、気づく瞬間があります。
自分がいないと、何かが止まる。
小さなことも、大きなことも。
最初は、まわりの問題だと思っていました。
でも、よく見てみると。
流れの真ん中に、いつも自分がいました。
自分でやった方が早い。
そう感じる瞬間、たぶん誰にでもあると思います。
その積み重ねが、少しずつ、
「自分が動かないと、何も動かない」という形をつくっていく。
忙しければ、遅れる。
いなければ、止まる。
規模が小さいうちは、それでも回っていました。
でも、どこかで限界が来ます。
誰かの努力が足りない、という話じゃなくて。
たぶん、仕組みの話なんだと思います。
こういう話は、ちょいちょい耳にします。
全部に目を配れることと、自分が真ん中に居続けることは、たぶん紙一重。
目指しているのは、静かに動く景色
今、意識しているのは、自分がいなくなったあとの景色です。
何も言わなくても、静かに動いている状態。
そのために、自分を真ん中に置かない。
全部に、自分の意思を通そうとしない。
そうしなくても、気にならない。
そこまで、少しずつ。
「自分がいないと動かない」は、まわりの問題じゃなかった。
自分の、立ち位置の話でした。
ちなみに。
こういう「自分が真ん中にいる構造」を、外から一緒に整理してくれる場所があります。
BDSという場所です。よければ。
