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スーパーえもりん

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あれは、高2の春休みだった。
部活から帰って、ゴロ寝ばかりしていた私を見かねた母から

「そんなにゴロゴロするなら、バイトでもしてきなさい」

とドヤされた。
ちょうど、バイトでもしようかと思っていた私は
地方新聞紙を眺めて

スーパーマーケットえもりんの「高校生アルバイト大歓迎」の広告を発見。
これが、運命の出会いだった。

部活の朝練から帰ったばかりで、制服を着たままだった。
スーパーえもりんに電話をかけた。

「今から面接きますか」

二つ返事で、私は制服のまま自転車にまたがり
スーパーえもりんをめざした。

えもりんの店長は、小柄な男性だった。
ラーメン大好き小池さんの実写版のような方だ。

「時給、いくらほしいの?」と聞かれても
私には、答えようがなかった。初めてのバイトだったから。

「650円からだけど、いい?」店長に聞かれた私は

「ハイ!!」と目を輝かせた。

県内の最低賃金だったけど、働いたコトのない私からすれば
自分の1時間がお金に換わると思っただけで、
急に自分が価値あるオトナになった気がして

胸が高鳴ったのだ。

「今から働いてくかー」

その場で、採用が決まり、えもりんの店長は私に
赤くて臭い、綿のエプロンを手渡した。

タバコと魚の臭いが染みついている。

私は、そのエプロンに首を通して
制服の上からヒモを結んだ。
バイト人生の幕開けである。

早速、レジの打ち方を教えてもらった。
バーコードリーダーは無い。すべて手打ちだ。

「値段のシールがついてないのは、特売品だから」

「ぜんぶ、毎日変わるから。覚えてね」

私は、17歳の真新しい脳細胞のリソースを
すべて、えもりんの特売品の価格を記憶することに費やした。


私の接客業人生、記念すべき1人目のお客さまが来た。

背が高く、頬はこけた茶髪の初老の男性だった。
厳しい目をしているのが、JKの私にでもわかった。


ちくわと、あと何か1点。それに、千円札を出してきたと思う。
両替したかったのかも知れない。


えもりんの店長に、横から指導を受けながら
たどたどしく、値段を打ち込んで、千円札のおつり、
硬貨を1枚ずつ手のひらに取っていったら・・・


「はよせんかぁ!!!」と男性から怒鳴られた。


「今日から入ったばっかりのコなんで^^」と
えもりんの店長は、男性客にペコりと会釈をした。


「チッ…!!」と、私を一瞥しながら
背の高い男性客は去っていった。


レジ前に30分ほど立った頃、
えもりんの店長が
「休憩でもしとき」と事務所へ招き入れてくれた。


「タバコは吸うんか?」

吸わなかったが、マイルドセブンを差し出された私は
興味本位で1本吸ってみた。


「お客さんおらんかったら、適当にココでタバコ吸うとき」
店長は、私に媚びを売るでもなく、ぽつんと呟いた。

「でもな、オバちゃんだけには見つかったらアカンで」


オバちゃんというのは、パートの40歳くらいの女性だった。
バツイチで、猛烈に仕事が速い。
朝6時頃からスーパーに出勤して、お惣菜をすべて1人で作ったあと

夕方に退勤して、ひと眠りしたら、酒場へくり出す。
そして、朝まで徹夜で麻雀をするのだ。


「いつ寝てるんですか」と聞いたら


「あんたも、できるようになるよ」と言われた。


オバちゃんは、最初の3日間は、優しかった。

しかし、仕事の遅い私に業を煮やし、ついに
聞えよがしに、悪口を言われるようになってしまった。


「あんなの、なんで採ったの?」

「なんにもできへんで。辞めてもらったら?」


えもりんの店長と、事務所でタバコを吸いながら話すオバちゃんの声が聞こえてくる。私はたまらず、お菓子コーナーの通路に隠れ、ハイチュウのパッケージを眺めながら、ポロポロと涙した。


クビになることはなかったが、えもりんの店長は、冷淡な人だった。

店名のえもりんというのは、江守店長の、学生時代のあだ名だそうだった。

ドイツ語が得意で、早口で私の悪口を、面と向かってドイツ語でまくし立てていた。悪口というのは理解できるから、不思議だ。


魚を柳葉包丁で刺身にしながら、イヤな客の悪口も、ドイツ語でまくし立てていた。お客さんにも全部、わかっていたと思う。私と同じように。


店長は、素手で魚を卸しながら、左手で、よく尻の穴を搔いていた。
そして、鼻に手を持っていき、臭いをかぐ。
そこまでの一連の動作が、無意識のクセになっているようだった。


「あっ! また掻いたっ!」と、えもりんの店長の後ろ姿を見つめて
切れ痔がカユいのだろう、と私は推察していた。



まかないでは、えもりんの店長が造った刺身を出されることもあった。
おおごちそうのように、私は喜んで食べたが、肛門を掻いた手で造られたと思うと、食欲も減退した。刺身自体は、旨かった。



リパックは当然のように行われていたし、そのプラスチックトレーすら
洗って、天日干しして、使いまわししていた。



えもりんの店の前には、サラシのふんどしを干すように
白いプラスチックトレーが無数に風に揺れていたが
お客さんは、どう思っていたのだろう。


私は、プラスチックトレーの洗いすぎで、手荒れした。


そんなふうにして、1か月間を過ごし、いよいよ初めての給料日が来た。たしか、5万円くらいが茶封筒に入っていたと思う。もちろん現金手渡しだ。


「初給料やろ。コレで親御さんにビールでも買うたり」と、店長にしては温かな言葉をかけてくれた。


「子どもの初月給で、買ってもらうビールは旨いもんや」


店長が、遠い目をして呟いた。バツイチで、お子さんとはすでに離れてくらしていると聞いていたが、えもりんの店長にもそんな過去があったのかも知れない。


「ハイ。ありがとうございます」と初任給を受けとり、私は酒屋に寄って、アサヒスーパードライを買って帰ろう、と思った。










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