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必要な標本数は「多いほどよい」では決めない:検出力と最小検出可能差

「データ分析のための統計学」の第18回です。

この記事前半の「初心者向け本編」は無料で読めます。架空の業務データを使い、手計算、完全解答、確認リストまで丁寧に進みます。後半の「数学的にもう一歩」では、定義、導出、反例、再現計算まで掘り下げます。

初心者向け本編

この回で答える問いは、意味のある差を見つけるため、分析前に何件を集めればよいかです。

先に結論

標本数は「一般に100件」などの固定値では決まりません。検出したい最小の差、ばらつき、有意水準、片側・両側、目標検出力、独立群・対応ありなどの設計を事前に結び付けます。

検出力は、指定した対立状態が真のときに帰無仮説を棄却する確率です。データ取得後に観測効果を代入した「事後検出力」を、p値の補強や非有意結果の説明に使いません。取得後は差の推定値と区間を読みます。

どんな実務場面で困るか

架空の小売事業で、平均処理時間を基準100分から5分短縮できるか評価したいとします。10件だけで始めれば重要な差を見逃すかもしれません。一方、1分の差まで必ず検出しようとすると、業務上不要な大量データと費用が必要になります。

また、一標本平均の必要件数を、そのまま独立2群や同じ店舗の前後比較へ流用すると誤ります。比較対象の割付、対の相関、群数、離脱、クラスターが必要情報を変えます。

用語・分析単位・分母をそろえる

  • 目標差 δ:事前に検出したい母数差です。実務上の最小重要差と整合させます。

  • 有意水準 α:帰無仮説が正しいときの第1種過誤の事前上限です。

  • 第2種過誤 β:指定した対立状態で棄却できない確率です。

  • 検出力 1-β:指定した対立状態で棄却する確率です。

  • 最小検出可能差(MDE):所定のn、α、検出力、ばらつきで検出対象とする差です。

  • 標本サイズ n:独立な分析単位の件数です。

「80%検出力」は、真の差が目標差のとき、同じ設計を繰り返せば約80%で棄却するという手順上の性質です。この実験で正しい結論になる確率80%という意味ではありません。

一標本平均の必要件数を手計算する

説明用に、母SD σ=10分 を過去の信頼できる情報から既知と仮定し、H0:μ=100、両側 α=0.05、目標差 δ=5分、目標検出力80%とします。正規近似の臨界値を z_(0.975)=1.96、z_(0.80)=0.8416 とします。

一標本平均の近似必要数は、

n ≈ {(z_(1-α/2)+z_(1-β))σ/δ}²

= {(1.96+0.8416)×10/5}²

= 31.3959...

です。必要数は切り上げて32件です。切り捨てると目標検出力を下回り得ます。

目標差5分、SD10分、両側5%、検出力80%から必要数32件へ至る要素関係図

図は母SD既知の一標本平均に対する正規近似例を示します。独立2群、対応あり、比率、離脱込みの必要数を示しません。

結果をどう読むか

32件は前提を置いた設計値です。真のSDが10分より大きければ検出力は下がり、目標差を3分にすれば必要数は増えます。欠測や除外が見込まれるなら、理由を明記して取得数を上乗せします。

必要件数計算は「この差より小さいものは無価値」と証明しません。目標差は業務上の損失・費用と関係者合意から決め、複数のシナリオを示します。

成立条件と確認する順番

  1. 主要な結果指標と分析単位を一つ決めます。

  2. 独立群、対応あり、一標本、比率など設計を決めます。

  3. 業務上意味のある目標差を事前に決めます。

  4. 過去データや予備調査からばらつきの範囲を置きます。

  5. 片側・両側、有意水準、目標検出力を決めます。

  6. ばらつき・離脱率の感度を複数シナリオで計算します。

  7. 丸め、切り上げ、群ごとの必要数を記録します。

使わない条件・代替案・併記する指標

目的が母平均の推定精度なら、検定の検出力ではなく信頼区間の目標幅から件数を決める方が直接的です。探索的分析では、精密な検定件数よりデータ範囲・品質・再現用標本を優先する場合があります。

依存、クラスター、有限母集団、時系列、逐次解析では専用設計が必要です。リソース上必要数を集められないなら、検出可能な差を逆算し、問いを限定するか、追加取得・より精度の高い測定・対応設計を検討します。

典型的な誤読と反例

「80%検出力だから20%で間違う」は不正確です。検出力は指定した真の差とモデルに条件付いた棄却確率です。「非有意だから事後検出力が低かった」と観測差から再計算しても、多くの場合p値の言い換えになり、新しい証拠を加えません。

一標本の32件を独立2群の合計32件へ流用すると、各群16件となり、平均差のSEは一標本より大きくなります。対応ありでは対内相関により差のSDが変わります。設計別の式は次回回収します。

初心者向け演習

同じ一標本・両側正規近似で、σ=10、目標差 δ=4、α=0.05、検出力80%とします。必要数を計算してください。

解答

n≈{(1.96+0.8416)×10/4}²=(7.004)²=49.056... です。端数を切り上げて50件です。

これは母SD既知、独立、正規近似、一標本平均、両側という条件付きの値です。独立2群の各群50件という意味ではなく、欠測上乗せも含みません。

実務チェックリスト

  • □ 主要指標と設計を事前に固定した

  • □ 目標差を業務基準から決めた

  • □ α、片側両側、目標検出力を記録した

  • □ ばらつきの根拠と感度を示した

  • □ 端数を切り上げた

  • □ 一標本式を別設計へ流用していない

  • □ 事後検出力で結果を補強していない

初心者向け参考情報

資料は改訂される場合があるため、最新の内容は出典先を確認してください。

初心者向けまとめと学習のつながり

必要数は目標差、ばらつき、α、検出力、設計から事前に決めます。取得後は事後検出力ではなく、差と区間を報告します。

この連載の前後の記事

  • 前回:『有意差があっても重要とは限らない:効果量と実務上の差をどう読むか』

  • 次回:『2群比較は「独立か対応ありか」から決める:平均差と独立2群の比率差』

  • 連載:『データ分析のための統計学』

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