見出し画像

京都・北野天満宮の梅花祭で梅を観ず、しゃがみこんで足元の地面ばかり写真を撮って、観光客に訝しがられた話

学生時代から、何度も参拝しているのが、北野天満宮です。
 ここは、

〇 撫でるとご利益があるという牛さん。
〇 「天神さん」と呼ばれる毎月25日の市。
〇 秀吉ゆかりの「長五郎餅」(以前、記事にしました)
https://note.com/momokichian/n/n0266473553f7
〇 聚楽第の遺構であるお土居の紅葉と、青もみじ。

など、見所やグルメが満載です。

その中でも、なんといっても有名なのが「梅の木」。
境内には1.500本の梅が植えられており、毎年、2月上旬頃から「梅苑」が公開されます。

さて、
ただいま、4月8日発売予定の、
新刊「京都一条戻橋 晴子のブックカフェ」(PHP研究所)の、校正の真っ最中です。
 最初の校正を「初校」と呼びます。
 二回目が「再校」。
 そして、もう一度、チェックし直すのが、「念校」です。
 念には念を入れての「念」です。

 たいていの場合、ここでもミスが見つかります。
 著者が見つけることもありますが、たいていは編集者さんが見つけてくださいます。
 ミスではなくても、
 「こうした方が読みやすい」
という、とことん妥協を許さない「視点」が必要になります。

 もう何度も何度も、それこそ10回以上読み返しているので、心身共にヘトヘトになっています。今回は、「新作」ということもあり、登場人物も舞台設定もすべてがゼロから始まっているので、よけいに慎重な確認が求められます。

 編集者さんは、土日も関係なく「念のため」と読み込んで下さっています。
 真夜中に、「ここはどうでしょう」とメールが送信されてきたりするので、
めちゃくちゃ頑張って下さっていることが、ビシビシ心に伝わってきます。

 こちらも、手を抜かない、あきらめない、妥協しない、
 そういう心構えで、眼精疲労でピントの合わない目をマッサージしながら「もう一度!」と読みなおします。
 
 気が付くと、3月になっていました。
あ~しまった、悔しい~!
 毎年、必ず出掛けていた、北野天満宮さんの梅を見逃してしまったのです。

 その北野天満宮さんの「梅苑」で、梅ではなく、足元のある「ほかのもの」に魅了されて、写真を撮りまくった話を毎日新聞で連載中のコラムに書き、新刊「明日は必ず虹が出る」(PHP研究所)に収めました。
 
さて、その「ほかのもの」とはいったい何か?
拙著から転載させていただきますので、お楽しみいただけたら幸いです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
          「雑草に魅せられて」
 
 
上司のパワハラに遭っていた33から35歳にかけてのことです。
 休日にその上司のことを思い出すだけで、吐き気を催したり下痢をするほど、精神的に追い詰められていました。
 
 そんなある日、最寄り駅までの道のりを、うつむき加減でトボトボと歩いていたときのことでした。
「あ〜嫌だなあ。会社へ行きたくないなあ」と思いつつ、信号で立ちどまりました。
 すると、足元に紫色のものが目に入りました。
 それはスミレでした。
 
 民家の壁とコンクリートの側溝の隙間に、2、3輪の花が咲いていたのです。私は思わず、「かわいい」と声を発してしゃがみこみました。こんな街中にスミレが咲いているなんて知りませんでした。朝日を浴びてキラキラと輝いています。
 私の横を、大勢の人が足早に通り過ぎていきました。「あの人、きっと心の病気なのよ」と、言われているような気がしました。それでもそこを動くことができません。
 
 美しい花を足元に咲かせるスミレに感動しました。
 健気だと思いました。
 気づくとその姿を、自分自身と重ね合わせていました。
 なんだか元気が湧いてきて、
「俺も小さな存在だけど、へこたれてるわけにはいかんなあ」
 と思いました。チョイチョイと人差し指で花びらに触れ、
「行ってきます」
 と挨拶をして立ち上がり、再び駅へと向かいました。
 
 その後、スミレを探し、下を向いて歩くようになりました。すると、他の「雑草」にも目がいきます。特に春には、歩道や空き地に雑草が芽吹いています。ナズナ、カラスノエンドウ、キュウリグサ、ノゲシ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ、ハコベ、ホトケノザ……。まさしく百花繚乱。しかし、見向きもされません。それでも、そんなこととは関係なく咲いているのです。
 
 雑草を観察するうち、自らの生き方を見つめなおすようになりました。
 朝起きると、まだ生きていて、目が見えて、耳が聞こえて、歩けるという、それこそ「自らの足元」の当たり前のことに感謝できるようになったのです。
 
 禅の言葉、
「足るを知る」
 の境地に、ほんの少しだけですが近づけたのかもしれません。
 あるとき、テレビの情報番組でこんな事実を知りました。四つ葉のクローバーは、幸福のシンボルといわれています。多くの人は、それを見つけると、「ラッキー!」と大喜びします。
 では、どうして四つ葉が生まれるのでしょうか。それは、人に踏まれたり、濃い肥料がかけられて刺激を受けることで、葉のもとになる生長点が傷ついて、1枚の葉が2枚に分かれるというのです。
 それを人間に置き換えてみると……私が今、「幸福だ」と思えるのは、昔、パワハラという苦難に遭ったからかもしれません。となると、苦難であっても当時の上司に感謝しなくては……。
 
 京都の北野天満宮へ出掛けたときのことです。
 梅苑に入るなり驚きました。梅の木の下に、スミレが群生しているのです。私は、しゃがみこんでスミレの写真ばかり撮りまくりました。あの日と同様に、梅の花を見に来ていた参拝者からは、奇異な目で見られていたことでしょう。
 でも大声で言いたいのです。
 
「上ばかり見ないで、たまには下を見ようよ!」と。
 
 幸せは、すぐ足元にあるのかもしれないから。




 

いいなと思ったら応援しよう!