【おはなし】交換日記 【SUNO AI】 万年エキストラ
〜自作の詩をSUNO AIで曲にしました〜
〜フィクション 5700字程度〜
お時間あればお楽しみください。
私の好きな人。
それは物心がつくのと同じ頃、私の心に密やかに膨らんだ蕾だった。年頃になれば好きな人がいて当然のような空気と、恋バナに興じるクラスメイトが、私の恋模様を暴こうとする。でも誰が好きかなど、言うわけもなく言いたくもない。何故なら私は自分の見てくれに自信が持てないのだから。
決して醜いというわけではない。ただ、幸薄げな華のない顔と近所の上級生たちに評されたことがある。歳の離れた姉には化粧化けするタイプだとも言われる。そのどちらも私には放っておいてくれと言いたくなる騒音。けれど唯一私を貶めるのは、一番の友人であるユリの隣にいるときの私自身なのである。彼女の容姿は光の祝福とともにある。何処にいてもそこだけスポットライトが当たったかのように光を放ち、すれ違う者の視線を釘付けにして奪っていく。彼女の隣を歩くとき、光は彼女だけを照らし、人の視線は彼女だけに注がれる。その隣を歩く私は、彼らから見れば姿形ないものと同様。その現実を嫌というほど塗りたくられた私が、私自身を「此処に存在しない者」扱いしているのだ。
いつもなら話す機会もないような男子に唐突に声をかけられたとき、私の勘違いが顔に書かれてはいなかったか。異性と軽く言葉を交わすこともままならない私に、ある男子はユリのことをひとしきりたずねた。戸惑いながらも丁寧に応じる私に対して、男子は私と、一度も目も合わさなければ顔すら見ない。どこかあさっての方を向きながら、彼女を思い浮かべ口元にうっすら笑みを浮かべている。失礼な奴。ものを尋ねるとき、そして会話するときに相手の顔を見るのは基本でしょう?でも良い。私にしたって別にソイツのことなど。傷つくだけ苛つくだけ無駄に精神を消耗するだけだ。そんな風に私は、自分を鎮めながら生きている。
ある日のこと。朝には気のせいだと片づけられそうだった怠さが、はっきりとした熱っぽさをともなって私を脱力させた。脱いだ上履きを屈んで片付けようとすると、重力で頭がガンガン響く。痛ァーッ。下駄箱に目線を落としながらゆっくり上体を起こすと、ユリの下駄箱の奥に一つの手紙が入っていることに気がついた。ダークブラウンのそれは、一見して非常に分かり辛い。たまたま私の下駄箱がその真下にあったから、鈍い動作のお陰でたまたま気づけたのだった。
授業中の玄関はひんやりと静かで、誰の視線もない。私は招かれるようにその手紙を手にした。私がこの先も経験し得ないだろう下駄箱に贈られた手紙。王道のようで、実際にはほとんど有り得なさそうなその現象を体験してみたいと思った。単なる好奇心。読んだら元に戻そう。
悪びれもせず軽い気持ちで開封したそれは、私が想いを寄せるAからの手紙だった。Aはユリのことが好きなの?どうりで私とよく目が合ったわけだ。私はここでもまた、僅かばかりの勘違いをしていたようだ。Aの視線は私ではなく、私の隣に熱く注がれていたのだ。
まるで、頭上から金ダライが落ちてきたような衝撃。勝手に読んで勝手にショックを受けてりゃ世話はない。でも何とも言えない歪な感情が胸に渦巻く。
全身を凝固させ、文字に目を走らせてみる。そこには風変わりなことが書いてあった。
「僕は緊張すると全く話せません。だから交際や会話は望みません。良かったら交換日記がしたいです。」とあり、ご丁寧に「はい」と「いいえ」を選択できるようになっている。
昔、校外学習でカメラを落としてしまった私を励まし、最後まで一緒に探し回ってくれたA。初夏の風に海薫る季節になっても、まだ周りに溶け込めなかった私。「何処にも存在しない私」を気に留め隣を歩き、さり気なく話しかけ、ちょっとしたユーモアも織り交ぜて皆の輪に入れてくれた人。それがキッカケでクラスメイトとも徐々に打ち解けられるようになった。それなのに、ユリとは緊張して話せないんだ⋯。
Aとの交換日記。こんな機会はこの先もう二度とない。私がAと交換日記をしたい。他のことならどれだけでも譲る。別に引き下がっても良い。百歩でも千歩でも。でも、これだけは譲れない。温めてきたこの感情こそ私の核なのだから。手紙が入っている日に早退することになったのも、単なる偶然とは思えない。そんなタイミングも私の背中を後押しした。
急いでバッグからペンケースを取り出し「はい」にマルをする。下に小さく書き添えた。「ノートは用意します。日記を書いてAの机に入れます。Aが書いたら、またAの机に入れてください。持ち出して書いたら、Aの机に入れます。その繰り返し。日記のことは誰にも秘密。言葉を交わすのも日記だけ。では。」
Aはとても誠実。私は、Aがこのルールを守る自信があった。それは長い間、彼という人を深く観察していたからだ。Aは交換日記の相手がユリだと思って日記を書く。ユリに読んでもらうために。そして私はユリの名前を借りて、「私の日記」を書く。こんなの間違っている。でもこの際気にしない。ずっと好きだったAとの交換日記なのだから。
日記はルール通りに始まり、順調に回を重ねた。Aの机が定位置ということに少なからず不安もあったが、誰も他人の机に用はないから意外とうまくいっている。そしてユリの性格も好都合だった。
彼女は誰より美しい容姿をしているのに、性格は極めて大人しく控えめ。いくらやり取りは日記の中だけだと言っても、同じクラスにいてまったくなんの素振りもないのは不自然だ。けれどユリの性格を考慮すれば、そこに違和感を覚えにくい。
Aの日記には、進学のために好きだったダンススクールを辞めて塾漬けの日々を送っているとあった。教育熱心な親によって半ば強制的にそうさせられたと嘆くA。でも、志望校に合格出来た暁には、再びダンスをしても良いという約束を結んだらしい。合格の為ではなくむしろその為に、何としてでも勉強をがんばるんだと筆圧の強い文字が語った。それを読んだ私の心は、炭酸みたいに弾けた。
そういうひたむきなところAらしい。
本当に自分が望むことを、親は理解も尊重もしないし、「いつか私たちに感謝する日が来るから」とゴリ押しされるだけだと愚痴をこぼすA。そんなAのことを、私はより近くに感じた。屈託のないその笑顔は、負の感情の付け入る隙などどこにもないように思えていたからだった。日記のおかげで、普段知り得ないAのことがたくさん知れた。
それに、目標のために孤独に戦うAを励ますこともできる。私がAの支えになる。
そして私のことも打ち明けた。引っ込み思案な性格だけれど、いつか人を笑顔にできるような職に就きたいこと。心に冷たい風が吹く人の手にそっと手を重ねて、寄り添えるような人になりたいと書いた。これはいつかAが私にそうしてくれた喜びを、暗に含んだ気持ちだった。
「絶対なれるよ。俺のいちばんのカウンセラーなんだから。今頑張れるのは、ダンスがしたいからっていうのもデカいけど、ユリさんが応援してくれるのがもっとデカい。今、ユリさんの外面以上に、内面がすごく好きだと思える。」
あれから10年近くの歳月が過ぎた。
交換日記は卒業とともに終わった。Aと繋がる術はそれしかなかったから、そこですべての音信がバツッと途絶えた。何人かの恋人と季節をともにして別れ、今私はフリーでいる。冷たい雨や木枯らしに胸の隙間が疼く時、私はふとAを思い出した。未だに想いを寄せているわけではない。そんな純愛などとうに忘れてしまった。けれどどういうわけか、たまに夢に見るのはAだった。
再会は呆気なく訪れた。同窓会会場で目にしたAはあの頃の面影のまま、でも明らかに成熟した雰囲気を身に纏い、私の目の前に現れた。今となっては遠い過去の筈なのに、その芳香に吸い寄せられるように、私の心はあの頃へとタイムスリップしてしまった。交換日記を重ねたあの日々が、あの文字が、あの日記に込められた二人だけの感情の交換の記憶が、心の奥底からマグマのように噴出し始めたのが分かった。
私にとって、姉は預言者だった。少女時代には幸薄げな華のない顔と揶揄されていた私だが、母の子宮にいるとき神様が気まぐれに遊んだ福笑いで、目鼻口のバランスだけは整っていた。そこにふっくらきめ細かい父譲りの肌。その上に化粧を施すと、私自身見違うほどの美人顔が作れた。それが幸いしてか、内向的な性格もいつの間にか連鎖的に変化していった。
正直あの頃、Aとまともに話せたのは例の校外学習と交換日記の中だけだった。Aは大人になった私を見て、驚いたような、パッと視界が開けたような、そんな反応を見せた。
「今なら⋯今なら本当の私のままAと親しく なれる」
身体が小刻みに震えた。
Aは私に明らかな関心を示しつつも、隣のユリに表情をほころばせた。あの頃より少しは世慣れしたユリ。何の苦労もなく、ここでもきっと唯一無二の光としてAに見出だされるユリ。相変わらず華があるけれど、今の私なら引けを取らない。
3人が奏でるぎこちないトライアングルの響きが、闇にリフレインして溶けていった。
その日から私たちは3人で遊ぶようになった。気ままにドライブしたり、ファミレスでダラダラ話したり。再会をキッカケにユリはAに惹かれていた。何か話題にしていても、結局どの話もAに辿り着く。私はユリよりもAを知っていて、やりとりの実績がありフィーリングも合う。そんな私だけの秘密が、私の心に優越感と余裕を生み出していた。
ある日、いつものように3人で約束していた日のこと。
「ユリ残業で来れないって。今日やめとく?」
「いや、いいよ。飯行こ。腹減ったし。」
2人きりなんて嘘みたいなシチュエーション。てっきり中止になるかと思ったのに。
現在Aは、ダンススクールのインストラクターとして働いている。引き締まった身体に、澄んだ目。心は曇りない快晴の中にあるようだ。色々遠回りしながらもダンスの道に就いているその神々しいマインドに心洗われる。私は現在地に立ってもやっぱりAが好きだ。それに、私がカウンセラーの道を選んだのもAのおかげ。関わりが途絶えても、あの日もらった言葉が目に焼き付いていた。
「俺のいちばんのカウンセラーなんだから」Aはずっと、私の心に棲み続けていたのだ。
食後のコーヒーが運ばれた。楽しい時間もこれで終わり。次はいつ会えるんだろう。
「あのさ、ユリのことなんだけど。」
唐突にAがユリの名を口にした。いつになく硬い表示を浮かべ、気を紛らわせるようにコーヒーを飲む。静止した私は、呼吸を止めAの次の言葉を待った。
「⋯気づいてるか分かんないけど⋯俺、ユリのこと好きなんだ」
「知ってる。見てれば分かるよ」
私は笑ってそう言った。けれど表情筋は言葉とは裏腹に、不自然に歪んだ。
「そうか。⋯そうだよね。俺って隠すの下手なんだよな。そうか」
「うん」
「なんかさ、なんかサヤには話しやすくて。なんでだろう。こうして話すようになったのも大人になってからじゃん?なのに⋯」
「⋯うん」
「サヤの人柄かなぁ、それとも職業柄かなぁ。なんか、サヤには本音で話せそうで」
「⋯⋯うん」
「⋯実はさ、中学の頃、ユリと交換日記してたんだ。誰にも秘密って言われてたのに、初めてサヤに話しちゃうんだけど。⋯ユリからは何も?」
「うん」
「で、色んな話⋯けっこう当時としては深い話もしたけど、今会ってても、ユリ全然それを表に出さないし、触れないんだよね。だから、話しててもユリの気持ちが全然読めなくて」
「⋯うん」
「そのころ交わした"誰にも秘密"っていう約束を、未だに守ってたりするのかなぁ⋯とか思ったり。
でもそろそろ解凍してもいいよなぁと思ったり。」
「⋯⋯うん」
「今こうしてダンスの仕事できてるのも、そのころのユリの応援があったからだし。ずっと想ってたありがとうを、言いたいし」
「⋯⋯⋯」
「ごめん。なんか急に変な話して。⋯⋯サヤ?⋯⋯どうしたの?」
「⋯⋯⋯⋯ごめん、⋯⋯ごめん。今だから本当のこと言うけど、あの日記書いてたの、実は私なの。最初から最後まで私が書いて、読んで、書いて。ユリは何も知らない」
「⋯⋯どういうこと?」
「Aがユリの下駄箱に入れた手紙、たまたま私が見つけて。読んで返事した」
「⋯⋯」
「だからユリは何のリアクションもしない。知らないんだからできるわけない。私は好奇心で手紙を読んだけど、本当はすぐに戻すつもりだった。でも差出人がAだったからそれが出来なかった」
「どうして?」
「私はずっとAのことが好きだったから。こんな機会二度とないと思ったから」
「⋯だとしても、ユリに成りすますなんて」
「それはダメなことだって分かってる⋯。それは本当にごめんなさい。」
「じゃあ俺の思い出は、全部架空だったんだ。」
「違う、架空なんかじゃない。あれは私の日記だから。血の通った気持ちを文字にしたの。だからAにもそれが届いたんでしょう?その日記に好きって言ってくれたよね。外面以上に内面が好きだって」
「それは違うよ。ユリが思ってる、ユリが書いてる、ユリの口が話してる、そう思って読むから好きだと感じたんだよ」
「でもその日記に、ユリはどこにもいないよ」
「正直内容なんてどうでも良い。ユリが書いてくれたんだと思って読むから嬉しかったんだ」
「Aは私が書いた私の日記を読んで、エールをもらったって、一番のカウンセラーだって言ってくれた。それは紛れもなく、私の心に対してそう思ったんだよ。それなのに、ユリが書いたものじゃなければ、私の日記に1ミリも心が動かなかったって言うの?」
「ユリとか関係なく、相手の影も形も分からず、最初から文章で始まった出会いなら、ひょっとしたら惹かれることもあるかも知れない。⋯でもあの時のはそうじゃない。入り口はユリだった。サヤは順番を間違えたんだよ」
「⋯でも都合よく、最初から文章でAと出会うことなんてできないよ」
「そう。だからどんな形だったとしても結局サヤは無理なんだよ」
Aは財布から掻き出すようにお金を取り出すと、それをテーブルの隅に置いて足早に店を出て行った。古びたドアが振動とともに音を立てて閉まった。
ぽつんと置かれたほとんど口にされなかったコーヒーの深い色だけが、私の心に暗く滲んだ。
どうすればAの心を奪えたのだろう。
それから程なくして、私はユリをも失った。
