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短編小説 『お昼12時のシャカリキ!』

 昼の12時。会社の食堂が開くと同時に、全員が走り出す。
 走るといっても、席取りのためではない。
 理由は簡単だ。この1時間だけ、町全体に「シャカリキ補助」が出るのだ。

 市役所が導入した新制度――12時から13時までの間、身体能力と集中力を30%向上させる電波を、上空から一斉送信。目的は昼休みの生産性向上。
 もちろん「昼休み」なのに「生産性」とはおかしな話だが、なぜかアンケートでは支持率95%。みんな、その30%アップを昼食に全力で使っていた。

 ぼくも例外ではない。カツ丼大盛りとラーメンを同時に注文し、12時01分にはもう箸が動いている。
 動きが速すぎて、汁が物理法則を無視して飛ぶ。隣の席の課長は、ソースカツ丼を5分で完食し、残り時間で将棋アプリの段位を一つ上げた。
 ――これがシャカリキ補助の威力か。

 食堂の窓際では、新入社員たちがサラダを食べながら企画書のアイデアを出し合っている。会話のスピードは通常の三倍、笑い声はやたらと軽やかだ。中には口を動かしながらメモを取る離れ業を披露する者までいる。
 同じ時間帯、道路では配達員の自転車が風のように駆け抜ける。信号待ちの間に荷物の整理を終え、青になった瞬間にペダルを踏み込む。郵便局のバイクも、赤い稲妻のように町を駆け抜ける。

 12時30分。社員の一部は「午後の書類仕事を終わらせてから昼寝する」戦法に切り替える。
 タイピング音が機関銃のように響き、書類がホチキスに吸い込まれる速度はほぼ真空。紙をめくる音すら、風切り音に変わる。
 食堂のおばちゃんが「早すぎて食器が間に合わない!」と悲鳴を上げた。皿洗い機も必死だが、皿が戻る前に次の客が並ぶ。
 外の公園では、子どもたちが鬼ごっこをしている。走る足音がまるで太鼓の連打。鬼がタッチしようと伸ばした手は空を切り、逃げる子はフェイントを五回も入れる。

 12時45分。コンビニのレジでは、店員が客の要望を聞き取るより早く商品を袋に入れている。客もそれに負けじと、次々とスマホ決済を完了させる。レジの行列が消えると、店内は一瞬静かになり、再び入口のドアが開く音が重なった。

 12時50分。シャカリキ補助終了10分前。
 ここからは「最後のスパート時間」と呼ばれている。町中の人間が、一瞬だけ真顔になる。
 スーパーでは、レジ待ちの列が信じられない速さで消え、床屋では一人が7分で仕上がる。銀行では50人が一斉に送金を終える。
 ジムではランニングマシンの数字が一気に跳ね上がり、ベンチプレスのバーが信じられない回数上下する。美容院では前髪カットとカラーが同時進行。
 カフェではバリスタが3秒でラテアートを仕上げ、客は写真を撮る間もなく飲み干す。

 そして時計の針が13時を指す瞬間――。

 ぷつん、と世界が元の速度に戻る。
 食堂では箸が空中で止まり、床屋では半分切り残された客が呆然とし、銀行の窓口では「えっと、どこまでやったっけ?」という声があがる。
 公園の子どもたちは急に息を切らし、コンビニのレジは再びゆったりとした行列になる。道路の自転車は、さっきまでの風速を忘れたようにゆっくり進む。

 ぼくはラーメンの最後の一口を飲み込み、ふうと息をついた。
 毎日これならいい――そう思ったが、机の上に置かれた張り紙を見て固まった。
〈本日をもちましてシャカリキ補助は終了します〉

 理由は「効果時間外との速度差による社会的混乱」。
 なるほど、確かに混乱はあった。
 昼食の途中で急に速度が落ちて、スープの温度が変わってしまったり、最後の一文を書き終える前に脳の回転が普段に戻ってしまったり。美容院では染め時間がずれ、左右の色が微妙に違う客が出たりもした。
 それでも、あの1時間の高揚感は……もう二度と味わえないのか。

 13時1分。町は、永遠に普通の速度で流れ続ける。
 ぼくはその遅さに、初めて気づいた。
 信号待ちで、前の人がポケットから小銭を探す仕草が、やけにのんびり見える。郵便局の人も、書類を差し出すタイミングを迷っている。
 たった数分前まで、町全体がひとつの生き物のように動いていたのに、いまはただの静かな午後だ。

 その静けさの中で、ぼくはカツ丼の味をもう一度思い出す。あれほど熱々で、口の中を忙しくした味は、きっとシャカリキ補助があったからだ。午後の残業を思えば、あのスピードは無駄じゃなかった。

 帰り際、課長がつぶやいた。「またやってくれればいいのにな」
 ぼくは笑って頷いた。そう、もしまたあの1時間が戻ってきたら、次はもっと上手く使える。カツ丼とラーメンだけじゃなく、コーヒーも楽しみたい。近所のパン屋にも寄りたい。

 ただ、時計は13時を過ぎたまま進む。町は、もうシャカリキにはならない。
 ぼくはゆっくり歩きながら、昼のあの疾走感を胸の奥で反芻した。あれは、永遠に一時間だけの出来事だった。


【了】
※AIと協力し制作



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