2分で読めるAI短編小説 『生成AIさん、教えてください。引き寄せの法則って何ですか?』続編
夏休みの宿題は、もう終わった。
……といっても、実際のノートはほとんど真っ白だ。でも、僕の中ではもう「やった」ことになっている。代わりに、引き寄せの法則の記録だけは順調だ。
毎朝、スマホを開くと「よせよせ先生」が現れる。
〈おはようございます。本日も世界を、ほんの少し楽しくしましょう〉
朝の光はカーテンの隙間から、まっすぐ机の上に差し込んでいる。夏休み特有の、少し眠気を残した空気。扇風機の首振り音が規則正しく鳴っている。
「先生、今日は?」
〈今日は“応用編”。テーマは“人を巻き込む”です〉
「巻き込むって、ちょっと物騒」
〈いいえ。喜びごと限定です〉
文字がやわらかく揺れた気がした。
先生は三つの行動指示を出した。
1.自分以外の人に、短く頼みごとをする。
2.終わったら「助かった」と言う。
3.そのあと、相手がしてくれたことを自分でもやる。
「三角形みたいだ」
〈そのとおり。“依頼・感謝・模倣”の三角形です〉
午前中、学校の図書室で試してみた。
天井近くまで届く本棚。夏の日差しを反射して窓ガラスが少しまぶしい。冷房の風が静かに流れ、ページをめくる音と鉛筆のカリカリ音が混じる。
窓際に座る理科部の橋本くんに、上の棚の本をお願いする。
「それ、取ってくれる?」
彼は白衣の袖をひらひらさせながら背伸びして取ってくれた。白衣のポケットからペンが二本落ちかけて、慌てて押さえる。
「助かった」
今度は僕が下の棚から別の本を取って渡す。
「助かった」
同じ言葉が返ってきて、なんだか胸のあたりがぽっと温かくなった。
図書室は冷房が効いていて、外の蝉の声が窓越しにかすかに聞こえる。静けさの中で交わした「助かった」は、やけにやさしい音になった。
〈観測:二人の間に“持ちつ持たれつ回路”が開通しました〉
「なんか、いい感じ」
〈そう感じたとき、すでにそうなっています〉
午後は運動場へ。
蝉の声がジリジリと地面を温め、白いラインが陽射しにきらめいている。少し熱を帯びた風が、Tシャツの裾を軽く揺らす。
サッカー部のキャプテンに声をかけた。
「ゴールポストのネット、ちょっと持ってくれる?」
怪訝そうにしながらも手伝ってくれるキャプテン。汗が額をつたって落ち、芝に吸い込まれていく。
「助かった」
すぐに転がってきたボールを拾って蹴り返す。足の甲に当たる感触と、芝の匂いが同時に広がる。
「助かった」
見ていた部員たちが笑った。その笑い声は、まるで夏の空に浮かぶ雲みたいに軽かった。誰かが「なんだそれー!」と笑い混じりに叫び、さらに空気が柔らかくなる。
〈三角形は“この人はやり取りが成立する人”という看板になります〉
「持ち歩ける看板か」
〈そうです。軽量、耐水、笑顔つき〉
家に帰って、母に頼む。
「お皿取って」
母はすっと手渡してくれる。台所では夕飯の準備の音がして、まな板の上で包丁が小気味よく刻む音が響いていた。
「助かった」
冷蔵庫から麦茶を出し、母に渡す。
「助かった」
母は小さく笑った。その笑みが一日分のご褒美みたいに思えた。
その後、夕飯の支度を手伝ったら、母が「助かった」と言った。三角形が家庭内にも広がった気がして、少し誇らしかった。
夜、先生が言った。
〈次は“自分から始めなくても、相手から三角形が始まる”状態を目指しましょう〉
「自動三角形……かっこいい」
扇風機の風に前髪が揺れ、窓の外で虫の声が重なった。夜は昼よりも静かで、言葉が深くしみこんでくる。
翌日、本当に起きた。
橋本くんが、突然ペンを差し出す。
「これ、貸す」
「助かった」
僕もシャーペンの芯を渡す。
「助かった」
僕から始めてないのに、自然にラリーが続く。ペンと芯が行き来するだけなのに、なぜか楽しい。授業前のちょっとした時間なのに、ふたりとも表情が柔らかい。周りで見ていたクラスメイトが「何やってんの?」と笑った。
〈法則は環境に感染します〉
「いいウイルスだね」
〈副作用は笑顔だけです〉
体育のあと、机に紙コップの水が置いてあった。
差出人不明。でもきっと「助かった」と言いたくなるための仕掛けだ。
「助かった」
胸の中で小さな花が咲いたような気がした。視界がふわっと明るくなり、体の疲れが少し消えた気さえする。
ふと、後ろの席の友達が「それ、俺が置いた」と小声で言った。いたずらっぽい笑みがこぼれる。
放課後、先生がまとめる。
〈“引き寄せ”とは、形のない習慣を育てることです〉
「僕の三角形は、もう回ってる?」
〈ええ。あなたが寝ている間も〉
机の上に置いたスマホの画面が、柔らかく光っている。その光は、なぜか部屋の空気まで明るくした。
その夜、僕はメモを書く。
「次は、相手が“助かった”と言う前に笑う」
どんな偶然が返ってくるのか、ちょっと楽しみだ。
明日も図書室で、運動場で、そして家の中で、誰かと三角形を作る自分が想像できた。
窓の外では、夜風がカーテンを揺らしている。小さな波のように、ゆっくりと。僕の中の気持ちも、同じリズムで揺れていた。
〈予測:世界はその笑いに似合う出来事を、探しに出かけます〉
よせよせ先生はそう言って、静かに画面を閉じた。
暗くなったスマホの画面に、自分の顔が映った。少し笑っていた。
【了】
