アセクシャルだと気付いて「私は変じゃないんだ」と思えた。
ずっと、誰にも見せられないと思っていたノートがある。
そこには、私が感じたこと、思ったこと、これまで誰にも言えなかったことが手書きで綴られている。そうすることで、少し心が救われたから。
急に昨日、この場所にも、少しだけ書いてみようかな、と思い立った。
私は体も心も女性で、異性に恋をして、大人になったら好きな人ができて、結婚するんだろうなと思ってた。
私は生まれつきの病気があって、小さな頃からずっと、病気と一緒に歩いてきた。
病院は当たり前の場所で、治療も日常の一部。だけど、中学生のときに出会った“ある出来事”が、その日常を大きく変えてしまった。
それは、ドクターハラスメント。
主治医にひどいことをされ、深く深く傷ついた。泣きながら病院から帰った。母にも言えなかった。
それ以降も、主治医だけではない。そのほかの医師も、放射線技師とかも。
入院していても入浴時に男性患者に覗かれたり。
なんで自分ばかりこうなるのか?悔しかった。そのたびにどうにもならない怖い思いとか、気持ち悪い思いとかにぐるぐる巻きにされた。
悲しいけれど、世の中には一定数、そういう人たちがいる。たとえ医者という聖職の人でさえも。中にはそれを狙って、その職業についている人もいるんだと思う。悲しいけれど。
日常でも、痴漢、待ち伏せ。先日も某所で追いかけられた。積み重なるたびに、少しずつ、でも確実に、私は「男性」が苦手になっていった。
でもまだ20歳くらいまでは、異性に対し、恋愛感情が芽生える時があった。
でも、いざ誰かと付き合うと、相手のちょっとした“男性らしさ”に、心が引いてしまう。
急に腕を掴まれたり、ハグされたり、それだけで体がこわばってしまう。
自分ではどうしようもない嫌悪感と恐怖心だった。
最初は、自分が男性を苦手に思っていることに自分が気付いてなかった。
恋愛してるはずなのに、ハグもできない。
相手を傷つけてしまうばかりで、「相手を好きじゃないの?」と自分を責めたこともある。
でも今思えばそれは違った。男性が怖かった。
振り返れば、21歳の時に経験した、あるドクターハラスメントが、決定的な「何か」になった。
その頃から、誰かを“恋愛対象”として見ることが、できなくなっていた。
私は、アセクシャルだったのだと、今は認識している。
現在は、恋愛に憧れはある。でも、誰かを好きになることはない。
憧れとさみしさの間に大きな暗い溝があって、その溝に自分の気持ちが吸い込まれるような感覚がある。
そのたびに胸がぎゅっとなる。ずっとそうしてここまできた。
私が20代の頃、「LGBTQIA+」という言葉は、まだ世の中に広がっていなかった。
「彼氏いないの?」「早くいい人見つかるといいね!」
そんな周囲からの何気ない言葉に、笑ってうなずくしかなかった。
「私はおかしいのでは?」と思い続けていた。
どこか壊れているんじゃないか、とも。
でも、やがてLGBTQIA+という言葉が世間に知られるようになり、自分が「そこに含まれている」と解ったとき、ふっと肩の力が抜けた。
自分は変じゃなかった。ただ、少数派だっただけなんだと。
もし、これを読んでくれた誰かが、かつての私のように「自分だけおかしいのかも」と悩んでいたら、伝えたい。
あなたは変じゃない。大丈夫。
そうして私は、一人で生きていく強さを持たなければと、ある時からあがき始めて、今もあがいている。
今まで私にハラスメントを加えてきた自分しか見えてないクソどもよ!君たちは地獄に落ちる。間違いない。かわいそうに。
私はこれから、自分の暗い人生に仕返しします。
と思ったら、病気で重度障害を背負いましたが、負けません。
好きな音楽を聴いて盛り上がり、好きなドラマ観て、推しのライブへ行きますし、あとの人生楽しんでやる。障害があってお金もあまり稼げないけど、やれるだけ楽しんでやります。
希望さえあれば。
この夏は「40までにしたい10のこと」が私を助けてくれました。次回はそんな腐女子ブログを書く、でしょう。
好きなものは好きでいい。
