今夜は七夕🎋七夕の夜は特別な匂いがする…短冊に想いを込めて🌟🎋
12星座の旅 【七夕スペシャル】
「願いは、届けるもの」
【こと座とわし座の夜】作 Myra
七月七日の夜は、どこか特別な匂いがする。
窓を開けると、蒸した空気の向こうに、いつもより澄んだ空が広がっていた。
マイラはベランダの椅子に腰をおろし、膝の上に猫をそっと抱き寄せた。
猫の名前はルノワという。
黒色の毛並みに、星のかけらのような白い斑がひとつ、額に浮かんでいる猫だった。
「夜空を見てごらんなさい、ルノワ。今夜は七夕なのよ」
マイラがそう言うと、ルノワは前脚を揃えたまま、ゆっくりと顔を上げた。
「七夕ですか?」
「そう。一年に一度、織姫さまと彦星さまが会える夜って言われているの。空の向こうに、天の川が流れているでしょう」
ルノワは目を細め、夜空を仰いだ。猫の瞳には、人には見えない光の粒まで映っているのかもしれない。
「そうですね……私は猫だから、夜空はよく見えますが、天の川までは見えないですね」
「ふふ、そうよね」マイラは笑った。「でも人間は昔から、あの白くぼんやりとした光の帯を、大きな川に見立てていたの。そしてその両岸に、それぞれ輝く星があるのよ」
風が少し動いて、庭のローズマリーの匂いが淡く漂った。マイラは東の空を指差した。
「ほら、東の空に見える、ひときわ明るい星。あれが『こと座』のベガよ。日本では『織姫星』って呼ばれているわ」
「こと座……それは、楽器のことでしょうか?」
「そう。ギリシャ神話では、竪琴の名手オルフェウスの物語に結びつけられているの。悲しみを音楽に変えた人のお話。でも七夕の物語では、ベガは機織りの上手な織姫さまとして伝えられているのよ」
「機織り……ですか?お洋服を作る人ですよね?」
「そうよ。織姫さまは、天の神さまの娘で、とても機織りが上手だった。毎日毎日、美しい布を織っていたの」
「毎日? ! 遊ばないのですか?」
「ええ。仕事一筋…。でもね、あるとき天の神さまが、真面目に働く織姫さまを不憫に思って、川の向こう岸にいた牛飼いの青年——彦星さまと引き合わせたの」
ルノワは尻尾をゆっくりと揺らしながら、話の続きを待っていた。
「彦星って、さっき言ってた、もう一つの星ですね?」
「ええ…そうよ。天の川をはさんで反対側、南の空に見える明るい星。あれが『わし座』のアルタイル。彦星さまよ」
「わし座は……鷲のこと座?難しいですね…」
「ふふ、鷲の座、と書くのよ」マイラはルノワの頭を軽く撫でた。「大きな翼を広げた鷲の姿に見立てられているの。ギリシャ神話では、大神ゼウスの使いをする鷲の姿とも言われているわ。でも七夕の物語では、彦星さまは真面目に牛を飼う働き者の青年として描かれているの」
「そうですか、では…、織姫さまも彦星さまも、二人とも働き者だったんですね」
「そのとおりよ。でもね……」
マイラは、そこで一度言葉を止めました。夜風が少し冷たくなった気がしたのです。
「二人は出会って恋に落ちると、あまりにも仲が良すぎて、お互いに夢中になってしまったの。織姫さまは機織りをすっかり忘れ、彦星さまも牛の世話をしなくなってしまった」
「あらら」
「困った天の神さまは、二人を天の川の両岸に引き離してしまったの。もう二度と会えないように、って」
「そんな……かわいそう」
ルノワの声が、いつもより小さくなった。
「でもね、あまりに悲しむ二人の姿を見て、神さまは心を動かされたの。『真面目に働くなら、一年に一度だけ、会うことを許そう』って」
「それが……七夕」
「そう。旧暦の七月七日の夜。二人だけが、天の川を渡って会うことを許された、たった一夜なの」
しばらく、静かな時間が流れた。ルノワはマイラの膝の上で、じっと夜空を見上げている。遠くで風鈴の音が、ひとつ、鳴った。
「マイラ、質問していいですか?」
「ええ…もちろんいいわよ」
「一年に一度しか会えないのに……どうして人間は、七夕に願い事をするのでしょうか? 織姫さまと彦星さまが会えるかどうか?ということと、願い事って、関係あるのですか?」
マイラは少し微笑んで、ルノワの頭をそっと撫でた。
「いい質問ね。実はね、これは私自身、ずっと考えてきたことなの」
「マイラが考えていたことですか?私にも教えてください」
「いいわよ、それはね、願い事を短冊に書いて、笹に吊るす風習は、もともと中国から伝わった『乞巧奠』というお祭りが元になっていると言われているわ。機織りが上手だった織姫さまにあやかって、裁縫や書道が上達しますように、って祈るお祭りだったの」
「じゃあ、もともとは技術の上達を願うものだったんですね」
「そうなの。でもね、時代を経て、日本ではもっと自由に、いろんな願い事を短冊に書くようになったわ。恋愛のこと、家族のこと、将来のこと……」
「マイラも、願い事、書くのですか?」
「ええ、書くわよ。毎年」
「どんなこと、お願いするの?」
マイラは少し考えてから、静かに答えた。
「私ね、最近気づいたことがあるの。願い事って、『叶えてください』ってお願いするものじゃなくて、本当は……『届けるもの』なんじゃないかって」
「届ける?」
「そう。私たちが短冊に書く言葉は、遠い星に向かって放たれる、小さな光みたいなものだと思うの。その願いが本当に叶うかどうかより、その想いを声に出して、夜空に向けて手放すこと自体に、意味があるんじゃないかしらって思うの」
「うーん……難しいけど、なんとなく、わかる気がします」
「たとえばね、眠れない夜、誰かのことを想って、心の中でそっと呟く言葉があるでしょう。それも、ある意味では願い事だと思うの。声に出さなくても、想いは夜空に届いているのかもしれないって…」
「織姫さまと彦星さまも、離れている間、ずっとお互いを想っていたのかな」
「きっとそうね。会えない三百六十四日の間、二人は天の川の向こうとこちらで、それぞれの仕事に励みながら、相手を想っていたはずよ。だからこそ、一年に一度の再会が、あんなにも尊いものになるの」
「離れている時間があるから、会えた時が特別になるんだね」
「そう…。それはね、私たちの毎日にも、ちょっと似ているかもしれない。会いたい人にすぐ会えない夜もある。うまくいかないことも、たくさんある。でも、想い続けることをやめなければ、いつかきっと、その想いは届くと思うわ」
夜がさらに深まり、天の川がくっきりと見えるようになってきた。雲ひとつない、七夕にふさわしい夜だった。
「ねえ、マイラ。今夜、私も何か願い事、してもいいですか?」
「ふふ、ルノワにも願い事があるの?」
「はい。今夜も、マイラのそばで、あったかい場所で眠れますように、って」
マイラは目を細めて、ルノワをぎゅっと抱きしめた。腕の中の温もりが、いつもより愛おしく感じられた。
「それは、もう叶っているじゃない」
「あ!そうですね。じゃあ、次のお願いです。マイラの言葉が、遠くの誰かに届きますように」
マイラは少し驚いた顔をして、それから、そっと夜空を見上げた。星々の光が、しんと静かに瞬いている。
「ルノワ……ありがとう。実はね、私も同じことを、いつも願っているの」
「眠れない夜を過ごしている誰かに、この声が届きますように。孤独な心に、小さな灯りをともせますように。そして、離れている大切な人を想う、すべての人の願いが、この夜空を通って、ちゃんと届きますように…って」
天の川の両岸で、ベガとアルタイルが静かに瞬いている。まるで、何百年、何千年も前から、変わらずそこにあり続けているように。
もし今夜、夜空を見上げる機会があったなら、東と南の空に輝く、ふたつの明るい星を探してみてほしい。
織姫さまと彦星さまが、今年もまた、静かに再会を喜んでいるかもしれないから。
そして、もしよかったら、あなたの願い事も、そっと夜空に届けてみてほしい。
叶うかどうかは、わからない願いごと…。
でも、その想いを声にして、手放すこと。それ自体が、きっと、心を少し軽くしてくれるはずだと思うから。
黒猫はマイラの腕の中で目を閉じ、遠い川音のような静けさの中で時を過ごしていた…
そして…
夜はゆっくりと、更けていきました。
それでは、今夜はこのあたりで…
おやすみなさい。
良い夢を…
そして……素敵な七夕を…
作 Myra
昨日、お届けした短冊の想いを綴ったお話です。
星座の旅を一緒に如何でしょう?(歌)
