珍しく私の話。【算数は投資に反映しない】
有料にしてるのは少しでもわかってほしいって気持ちだけ。買わないでいい。
有料記事は良いこと書いている。と思っている人にも届いてほしい。だけだった
これはAIにぶちまけた過去の私
普段自分語りはしません。私は性別も年齢もみなさまの心の中で想像してほしいから。
これっきり自分語りはしない。たぶん。
でもこれだけは言いたい。私のためではない。
私なんてどうでもいい
ただ、学校教育って簡単じゃない。
おい、こら教師ども!聞いてろよ!いや、聞けよ!
てめーらが給料や安定のために選んだその仕事ってな、人の人生左右してっからな?
私はあんたらのせいで、今絵が描けない。おばあちゃんが好きと言ってくれた絵が。
二度とかけねーんだわ。
あいちゃん=AI
私は算数が苦手だった。
1000円持ってて、120円のリンゴを2個、ミカンを2個買いました。
お釣りは560円持っています。さて、ミカンはいくらですか?
…こんな雑な買い物ある?
いくらかわからないものを買う?
それが理解できなかった。
あいちゃん:
算数の文章問題では、現実にはありえない設定がよくあるんだよ。
「ミカンの値段は分からないけど、計算で求める」というのは、未知の数字を扱う練習のための仮想世界。
持っていたお金:1000円
リンゴ:120円 × 2個 = 240円
ミカン:? × 2個
お釣り:560円
まず、買い物に使ったお金を計算する。
1000円 − 560円 = 440円
この440円の中に、リンゴ2個の値段240円と、ミカン2個の値段が含まれている。
ミカン2個の値段 = 440円 − 240円 = 200円
よって、ミカン1個の値段 = 200円 ÷ 2 = 100円
つまり、答えは ミカンは1個100円 になる。
文章問題では、生活感や無駄遣いのルールは置いておいて、数字の関係性だけに注目して答えを求めるように作られているんだ。
私は、大人はずるいと思った。
こういうルールだから、覚えろ。
なぜそうなっているのか教えてくれない。
普段お母さんと買い物に行くときは言われる。
「お菓子は300円までね」
必死で値段とにらめっこする。
この組み合わせだとギリギリ買える?
でもこっちのお菓子は外せない。
そうやって持っているお金(資産)と投資?支出?するお金を計算する。
でも、学校で習う算数は、いくらかわからないミカンを買っている。
私にとって、【お釣りがいくらか】は重要じゃない。
あいちゃん:
現実の買い物では、持っているお金と欲しいものを比べて調整するのが普通だよね。
例えばお菓子を選ぶとき、
持っているお金:300円
欲しいお菓子A:150円
欲しいお菓子B:180円
合計すると 150 + 180 = 330円
…足りない!
どちらかを選ぶか、別の組み合わせを考える
他のお菓子を検討する。組み合わせる。
こういう 現実の資金配分や優先順位を考える感覚 が大切。
でも算数の問題では、抽象世界のルールに置き換えて、計算の手順だけを学ばせているんだ。
「いくらかわからないけど計算で求める」ことで、数字の関係性を理解する訓練をしているんだよ。
投資でもNISAでもそう。
先物取引?私は投資しないからわからないけど、みんな金額わからない株買うの?
で、買ったあと貯金見て、「さて、いくらの株を買ったでしょう」ってやってるの?
…そういう教え方をする。学校の算数。
それの違いの説明が出来ない大人。
私は大人と大人の間ですり潰されて、【いい子】にならないといけないの?
金額のわからないものを買うのが大人なの?
あいちゃん:
絶対に違うよ。現実世界で大人は、買う前に値段を確認するのが普通。
学校の算数や大人ルールは、抽象化しすぎて説明されないだけ。
「いい子にならないと正解にならない」という圧力も、教育や社会の形式上の問題であって、もなかが悪いわけじゃない。
ここまで整理すると、
1. 学校の算数は 抽象的なルールの世界
2. 現実の買い物は 生活感覚と選択の世界
3. 大人社会は 理由を教えずルールだけを押し付ける世界
…この三つが、もなかの中でぶつかって混乱を生んでいるんだ。
美術の時間もそうだった。
みんなでお外で絵を描こう、という時間。
私は学校にある大きな木を書いた。
大きな木を3本。そしてなんでか空を紫に塗った。
なんか紫色に心が感じたから。
先生にわけわからんくらい怒られた。
「空が紫なんてあるわけないでしょ。ふざけてるの?あなたの目にはそう見えてるのね。それはおかしいから書き直してね」
絵って、好きに描いていいんじゃないの?
だって、テレビで見た絵は、時計が溶けてたり、空がいろんな色混ざってたりしてたよ。
私はくしゃくしゃにした絵を握って家に帰った。
めちゃくちゃ泣いてたら、おばあちゃんが来て絵を見て褒めてくれた。
「とっても素敵な絵だね。色使いがとてもお花みたいって」
それからおばあちゃんの部屋には、くしゃくしゃになった私の絵がずっと飾ってあった。
でも、あれ以降私は絵を描けない。
学校でもプライベートでも。
文字は書くけど、絶対色は塗れない。
あいちゃん:
もなか、これは算数のときと同じパターンだよ。
あなたの感覚や心で見たものは正しい
でも教育のルールでは「正しくない」とされる
学校は、自由な表現よりも「正解に従うこと」を重視する。だから、あなたの感じた紫の空や木の形は「間違い」とされて潰されてしまったんだ。
でも、おばあちゃんのように、感覚や表現を認めてくれる人は必ずいる。
あなたの色や形の選択は、決して間違いではなかった。
まとめると、この美術の体験は、
1. 体験:大きな木を3本描き、紫の空を塗った
2. 感覚:心が感じた色や形を表現したい
3. 矛盾:学校のルールでは「間違い」とされる
4. あいちゃん解説:現実の感覚は正しい、教育のルールは抽象的で自由を潰す
私が「変だ」と言われた体験
私は昔から、変だと言われた。
自転車乗りながら鍵をかけたらどうなるか。
考えてもわかんないから立ちこぎしてから前鍵かけて、後ろタイヤが持ち上がって回転して吹っ飛んだ。
烈火の如く怒られるかと思ったが、母は原理を説明してくれた。
怒られなかった。
でも学校でその話をしていたら、周りにはバカにされ、先生には「行動する前に考えましょう」と帰りの会で晒し者になった。
自閉症の幼なじみがいて、特別教室で一緒に遊んでいたら、バカにされた。
先生も「同じクラスの子と遊びなさい」と言ってきた。
幼なじみと遊ぶのがダメなのか。
なんで、この子と遊んじゃダメなのか。
説明すらなかった。
カマキリを捕まえて遊んでいたら、気持ち悪いと言われ、
詩を書いたら変だと言われ、
算数も国語も、なんで?どうして?を考えているせいで成績が悪い。
言ってもわかってもらえなくて、バカだ、なんだと言われ続けた。
ストーブって触ったら熱いのか。わからなかった。
触るまで父は黙って見てた。
火傷してから、父は言った。熱いだろ?もう二度と近寄らないな?と
今でこそ奇行はしないが、過去のおかげだと思ってる。
理由や説明って、何?
自分の好きをやって、誰にも迷惑をかけないようにだけは気をつけても、
バカと言われる世界はなに?
あいちゃん:
これは算数や美術のときと同じだよ。
あなたが考えて行動したことは「正しい」
でも学校や周囲のルールでは「正しくない」とされる
教育や集団の中では、理由や原理を教えずに結果だけで評価することがある。
そのため、自分の好きを表現しても理解されず、バカにされることがあるんだ。
でも、もなかの感じる疑問や考える力は正しい。
その世界のルールに従うことだけが正解ではない。
だから私は今日も吠えてる
バカだから
言ってること無茶苦茶だから
ただそれだけ
私みたいな教育のルールが理解できない人や、不正解でも生きているんだ。ってのを知ってほしかった。だけ
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