見出し画像

【エッセイ】磯の香りに春を想う、粋な一杯

​磯の香に春を想う、ささやかな贅

​「花巻そば」というものをご存じでしょうか。

​もしやお名前に馴染みがございません。しかしなれど、そのお姿を目にすれば「ああ、あれのことか」とお分かりになるかもしれません。かけそばの上に、香ばしく炙った焼き海苔をこれでもかと手でちぎり、散らした……あの一杯のことでございます。

​江戸の古き良き時分より愛されて参りましたこのお蕎麦。その名の由来がまた、心憎いほどに素敵なのでございます。熱いつゆを吸って海苔がふわりと解けゆくさまを、波間に咲く「磯の花」に見立てたのだとか。なんとも風流な名付けではございませんか。

さて、この「花巻」を真に味わうにはつゆこそが肝心でございます。
江戸らしく、辛口でキリリと引き締まった温かいつゆ。しっかり寝かせて角の取れた「かえし」を使い、醤油の風味がきりっと立った濃いめの仕上がりが伝統でございます。

材料
醤油 大さじ1
みりん 大さじ1
砂糖 小さじ1


作り方
小さい鍋にみりんを入れて弱火にて30秒ほど軽く煮てアルコール飛ばします。
次に砂糖を入れて溶かした後、醤油を入れて沸騰させないように軽く温め、火を止めて冷ます。
これにて「かえし」完成にございます。

なお、そばつゆにする場合は、この「かえし」にだし(60〜80ml)を混ぜれば、1人前のそばつゆの完成にございます。

時間あるならば、半日〜1日寝かせると味が丸くなります。そば屋はこれを数日寝かせたりする所もあるそうで。

そばの「かえし」(約1人前)

そこに合わせるのは、厚削りの本枯節から引いた、力強いお出汁。海苔の強い風味に決して負けぬよう、カツオの旨味をどっしりと効かせるのが江戸前の流儀にございます。

​海苔がつゆに溶け出した瞬間、磯の香りと醤油のコクが溶け合い、ようやくこの一杯は完成を見るのです。

​その醍醐味たるや、やはり熱いつゆと重なり合ってとろける海苔の食感、そして鼻をくすぐる豊かな磯の香りに尽きると存じます。この繊細な香りを濁さぬよう、薬味には「葱」を置かず、「わさび」のみを添えるのが古くからの習わし。強い葱の香りに邪魔をさせまいとする、蕎麦書きたちの矜持が透けて見えるようです。かつては浅草海苔という最高級の品を用いることが、蕎麦屋の何よりの誇りであったというのも、深く頷ける粋なお話でございます。

​近頃では岩のりをたっぷりと盛り付けた現代風のものも見かけますが、やはり板海苔をご自身の指先でちぎり、はらりと散らす……あの一手間にこそ、時を経ても色褪せぬ「粋」が宿っているように思えてなりません。



さてさて。皆様『時そば』というお話をご存知でしょうか。

​落語の金看板とも申します『時そば』。その一幕に思いを馳せれば、江戸の夜風の冷たさと、屋台から立ち上る湯気の白さが目に浮かぶようでございます。

​寒い冬の夜、屋台を呼び止めた男が、主をこれでもかと褒めちぎる場面。

「割り箸が清潔だね」「どんぶりが綺麗だ」と立て板に水のごとく並べ立て、「おっ、花巻にしっぽく、いいのを揃えてるね!」と、その品書きの良さを愛でる……。当時の江戸っ子にとって「花巻」とは、屋台であっても決して妥協せぬ、店主の矜持と季節を知る「格」の象徴であったことが分かります。

​扇子を箸に見立て、あつあつを「つるつるっ」と手繰る仕草は、見ているこちらまでお腹が空いてしまうほど。ご興味ある方はぜひ一度ご覧になって下さいませ。

​さてさて、このお話の肝は、あのお勘定の場面にございます。

一文ずつ店主の手に乗せ、「一つ、二つ……八つ」と数えたところで、「おい、今何時(なんどき)だい?」と問いかける。主が「へい、九(ここのつ)でい!」と答えたのを幸い、すかさず「十、十一……」と、一文を巧みに誤魔化してしまう。まさに江戸の小狡さと粋が混ざり合った、軽妙なやり取りでございますね。

​さて、このお話の真骨頂は、それを見ていた別の男が「自分もあやかりたい」と真似を試みる、後半のしくじり劇にございます。

​翌晩、勇んで屋台を呼び止めたまでは良いものの、運悪くやってきたのは、前夜とは正反対の「ひどい蕎麦屋」でございました。割り箸は使い古しのボロボロ、おまけに麺は伸びきった団子のよう。男は無理に褒めようといたしますが、あまりの不味さに毒づきながら、いよいよお勘定の時を迎えます。

​「一つ、二つ……八つ」と昨夜と同じく銭を数え、満を持して「おい、今何時(なんどき)だい?」と問いかけます。
​ところが、折悪く刻限はまだ宵のうち。主の答えは「へい、四(よつ)でい!」。

​当時の江戸では、時刻は九(ここのつ)から始まり、八、七、六、五……と数が減っていく数え方でございました。男は一文浮かせようとしたつもりが、主の言葉に釣られて「五、六、七……」と、図らずも四文も多く数え進めてしまったのです。

​小狡く立ち回ろうとして、かえって自分の首を絞めてしまう。
そんな人間の可笑しみと悲哀が、湯気の向こうに透けて見えるような、実に見事なオチでございます。オチがわかっていましても語り手によってまた、空気が変わる。落語とはまさに語り手の妙。

さてさて。話を戻しまして、​あのような賑やかな笑いの背景には、いつも、熱いつゆに海苔がとろける豊かな香りが漂っていたのでしょう。

​さて、暦も三月を数え、山を渡る風にもようやく柔らかな兆しが見えて参りました。春の足音がすぐそこまで届くこの季節。あつあつのつゆで身を温めつつ、海苔の香りに遠い海の春を想う。そんな風にお蕎麦を手繰るのも、なかなか粋な嗜みではございませんでしょうか。

​そろそろ、あの懐かしい磯の香が恋しくなって参りました。貴女様も、今宵あたり、いかがでございますか。

おあとがよろしいようで。

いいなと思ったら応援しよう!

佐伯由羅(伏見もなか) とても、とても嬉しく思います。