【エッセイ】1+1=
1+1=
↓答えは下だよ↓
この問は簡単?
簡単だよね。って思った君。
君は立派な数学者
君は立派な歯車
君は立派な固定概念
君は立派な自我を持ってる
答えって。不思議だよね。
質問に対する答えって、君の中で決まってはいない?
それとも、【答えは聞いてない】前提で質問をしている?
あなたは内心カレー食べたいと思っているとする。
「ねぇ今日の夕ご飯何食べたい?」
この質問ってあなたの中で1+1の答えが決まっている上での質問だよね。
相手が何を言っても「でもさ、カレー良くない?私カレー食べたいかも」
そういう答えを次に準備している。
じゃなんで最初から「今日カレー食べたいんだけど」
そう言わないか。
それは奥ゆかしさだったり遠慮だったり、打算だったり。一応相手の意見も聞いておくか。的なニュアンス。
答えって必ずしも一個じゃない。
さっきの答えもそうだよね
「1+1=x」
数学的に見れば答えは決まっている。
学校の教育もそう。
学校で答えは【2】です。
そう教えたら。答えは【2】それ以外は不正解。
世の中に他の答えがあっても、それは教師的には【不正解】
さっきのカレーと一緒でさ。
学校側には答えが決まっている上での質問
「さぁみんな?1+1=x。これの答えは何かな?」
予定調和。
それからはみ出すと正解でも不正解。
【屁理屈】
そんな縮こまった考え方。
柔軟性のない答え。
必要なのは答えを不正解って押し付けないで、どっちの答えも正解。でも今は、この場では、こっちで答えておこう。
という柔軟性と流れと、【それこそあんたらが叫ぶ多様性】って事なんじゃないの?
人と人とのつながりもそうじゃん?
1+1の答えなんて。本人にしかわかんない
あなたが2だと答えを決めているってことは、相手だって相手の答えを決めている。
だから、押し付けると喧嘩になるんだ。
話し合いってさ。押しつけることじゃないよね。
私はこう思う。でも君の考えも聞きたい。
なるほど。そういう考えもあるのか
そうやって知見を広げて、知識を増やす。
結局さ。【1+1=】の答えを決めている人って。
そっから相手の答えをいかに柔軟に考えるか。
そっからなんだよね。
IQじゃなくてEQで考えようよ。
地頭がいいだけじゃ世の中歩けないし、ただの【頑固者】で終わっちゃう。
別にそれでもいいけどさ。
そう言う人ってさ結局自分から、自分が生きづらい環境を作り出しちゃってるんだよね。
「誰も俺のことわかってくれない」
んじゃない。あなたが相手の事を柔軟に考えていないだけ
「あいつは間違っている」
んじゃない。あなたの答えが相手には不正解なの。
音楽もそう
クラシックが好きロックが好き
文脈が好きメロディが好き
正解なんてない。
さ。それでもう一度聞くよ?
1+1=x?
さぁ。君ならなんて答える?
そして、君なら相手の答えをどう受け止める?

でさ。もしそういう【頭のかったい正解論者】に否定されて苦しい人がいたら
あなたはあなたの答えを持っていいんだよ。
否定されても文句言われても
答えは一個じゃない
だからさ。相手の答えも正解
君の答えも正解
相手を否定しないで。自分も否定しないで。
あなたの正解が【不正解】って言われても、そいつの事は気にすんな。
で、あなたも相手の答えを否定すんな。
そこまで落ちなきゃ【正解】
いいなと思ったら応援しよう!
とても、とても嬉しく思います。