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【野良犬エッセイ】ダニングクルーガー

ダニング=クルーガー効果ってなに?
一言で言うと
「分かってない人ほど、自分を天才だと思いがち」
「本当に分かってる人ほど、自分を疑いがち」
っていう、人間のクセの話。

そういうクセの段階で自分の浅はかさに気付かないで、自分は何でも知ってるから。って追い込んで上から目線で言うって「バカみたいな人」
でもさ、それって誰しも何回かは通るんだよね。
井の中の蛙。
私が言いたいことって、そこで気付いて悩むこと。自分は思い込んでいるだけなんじゃないの?
それは悪いことじゃなくて、今から上へ登るための階段だと思う。ってこと。
「バカ」で終わんないで、もっと上には上がいたんだ。私はこっから成長しよう。って進む階段。
てっぺんだと思いこんだら、それはダメってこと。


​① 「ダニング=クルーガー」という最近よく見るあの顔

​「ダニング=クルーガー効果」なんてさ小難しい名前がついているけど。私の言葉で言えばそれは「ちょっと分かった瞬間、世界を制覇した気になる」現象って感じがする。

​最近、SNSのタイムラインや職場の会議室あるいは創作の世界で妙に鼻息の荒い言葉を見かけない?

「これからは〇〇の時代だ」
「この問題の正解はこれしかない」

そんな風に断定の刃をこれでもかって振り回して世界をすべて手の内に収めたような顔をしている誰かさん。

難しい定義を並べる必要はない。あの「全能感に満ちた顔」こそが、この現象の正体。

でもさその顔を見て「痛いな」と鼻で笑う前に少しだけ立ち止まって考えてみてほしいんだよね。実はその顔って、いつか鏡の中であなたが見せた顔かもしれないから。

​② かつての自分に刃を向ける

​なんで人って知識が浅い段階ほどあんなにも堂々と「ドヤる」ことができるんだろう。
その理由って結構シンプルでさ知識が少ないから「自分が何を知らないか」さえ知らないの。
暗闇の中に一筋の光が差し込むとその光が世界のすべてを照らしていると錯覚してしまう。

​自信だけはフル装備。
自分が一番わかってる気がする。
他人の慎重な意見が、ただのノイズに見える。

​「いや、私はそんなに傲慢じゃないし」って思うだろうけど、私には身に覚えがある。本を一冊読んだだけで、その道の専門家に論戦を挑めると思っていたあの頃。先輩の「それはケースバイケースだよ」という言葉を、「守りに入った老兵の言い訳」だと切り捨てていたあの頃。
​今思い出すとあまりの恥ずかしさにのたうち回りたくなる。でもその「恥ずかしさ」を感じられるのは、あなたがその場所から一歩、先へ進んだ証拠なのだ。

​③ 静寂は敗北ではない

​学びを止めずに歩き続けるとさ必ずその時はやってくる。自分が立っていたのは広大な大陸ではなく、ただの小さな砂場だったことに気づく瞬間だ。
​二、三歩進めば、そこには底知れない深淵が広がっている。
一を知って十を語っていた人間が、百の存在を知り、千の深淵を覗き込んだとき言葉は急速に熱を失う。

「あれ? 私、何も知らなくない?」

その気づきは、冷たい夜の雨のように降り注ぐ。
​ここで人は一回膝をつく。
詩的に言えば、夜に落ちる。
自信は枯れ果てかつての自分の威勢の良さが呪いのように自分を縛る。声は小さくなって発言には慎重さが混じる。
​でも、勘違いしないでほしい。
自信が減ることは、後退ではない。
世界の広さを、正しく認識し始めた「進化」なのだ。

​④ ダニング=クルーガーは「坂」の名前

​で、ここからが私が言いたいこと。

ダニング=クルーガーってさ決して「バカの話」なんかじゃない。
それって人が成長する途中で必ず踏む坂の名前なんだ。

​考えてみてほしい。

​一度も自信を持てないまま、安全地帯にいる人
最初からずっと、リスクを恐れて黙っている人

​彼らは確かに「ドヤる恥」をかかずに済むかもしれない。でも、彼らは別のもっと深い「沼」に沈んでいることも多い。
坂を登ろうとさえしなければ、転びもしないし夜に落ちることもないからだ。
ま​中には、圧倒的な修練を経て、谷を越え、再び確固たる自信を手にした「本物の賢者」もいるけどねそういう人たちの自信は、最初の一歩の「ドヤり」とは重みが違う。

​だから、私はこう思っている。
「調子に乗った時期がある人は、ちゃんと前に進んでる」って。
一度でも世界をわかった気になれたのは、あなたが未知の領域に一歩を踏み出した勇気の証明なんだ。

⑤ 恥ずかしい自分を抱えて書く

​ダニング=クルーガーの途中にいることは、恥じゃない。
本当に止まっている人はその坂の入り口にすら立っていないのだから。​だから今日も私は「ちょっと恥ずかしい自分」を抱えて、こうして言葉を紡ぐ。
明日になれば今日の自分の文章が浅はかに見えて、また夜に落ちるかもしれない。でも、その繰り返しこそが私たちが少しずつ「本当の知」に近づいている証拠なのだ。

​私がこうして言葉を投げてみたのは、理由がある。

今これを読んでいて、私がドヤっているのを見てイラッとした?
それとも、ちょっと前の自分の青さにニヤッとした?

……どっちでもいいよ。

私は、そういう「気づいた瞬間の顔」を見るのが、たまらなく好きだから。

⑥ 立ち止まったら、そこが終着駅

​最後に、一つだけ釘を刺しておく。

「成長の過程だからいいんだ」と開き直って、そこで立ち止まったらダメ。

​自分の思い込みに固執して新しい知識を拒絶しそのまま突っ走ってしまったら、それこそが本当の「バカ」になってしまう。

全能感はあくまで「最初の一歩」を踏み出すためのブースターに過ぎない。
夜に落ち自分の無知に震えそこからまた這い上がる。そのサイクルを止めてはいけない。

​自分はできるって最初は思い込んでも大丈夫。

むしろ、その根拠のない自信がなければ私たちはこの残酷なほど広い世界に漕ぎ出すことなんてできない。

​それは、成長のための第一歩。
恥をかく準備はできている?

大丈夫、私が隣でニヤニヤしながら伴走してあげる。

​さあ、書こう。言葉が逃げないうちに。


自分は知ってる。って思い込んで人に文句ばっか言ってる。そんな場所で立ち止まんないで。さ

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佐伯由羅(伏見もなか) とても、とても嬉しく思います。