人を襲っているヒグマに飛びかかった白い犬の謎
先月の北海道撮影で、ひとつの謎がさらに深まった。
白い犬の謎である。
この話の発端は、昨年の制作日記に書いたある出来事だった。
―――――
今回の北海道撮影は、
道北・道央・道南をめぐり、走行距離は1600kmを越えた。
その長い道のりの間、先月聞いたひとつの話がずっと頭から離れなかった。
ある町で、人がヒグマに襲われていた。
その緊迫した瞬間、物陰から白い犬が飛び出し、一直線にヒグマへ向かっていった。体格差は、もちろん歴然だ。
吠えて注意をそらすだけでもよかった。
けれど犬は、最も危険な噛みつくという行動を選んだ。
生存率ゼロに等しい選択だった。
次の瞬間、熊の強烈な一撃。
犬は吹き飛ばされ、そのまま、戻ってこなかったという。
目撃者は複数いる。
しかし、それ以前も、その後も、
町で白い犬を見た者はいない。
襲われた人は、その犬の飼い主ではなかった。
ただ、決まった時間にその町へ現れ、
黙々と働きに向かう人だった。
犬は、その姿を何度も見ていたのだろうか。
同じ歩幅、同じ背中、同じ朝の気配。
その人の匂い。ことばを交わさずとも、
世界を共有していたのか…
その人を、自分の世界の一部だと思っていたのだろうか。
あの一瞬の飛び出しは、
本能だけで説明できるものだろうか。
救いたいという感情。
見捨てないという意志。
自分が行かなければという決断。
言語化以前の意識の基盤のようなものが、
犬にもあるのだろうか。
僕は、1600kmの走行中、
ふと白い犬のことを想っていた。
あの犬は、どこから来て、
そしてどこへ行ったのだろう。
【2025年11月22日の制作日記より】
―――――
この話は、僕の脳裏に焼きついていた。
そして先月の北海道撮影で、長年ベアドッグトレーナーとして活動してきた犬のプロ、Iさんにこの出来事を話した。
すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「その犬の行動は、科学的にはありえないです」
Iさんによれば、熊を目の前にした犬の行動は大きく二つしかないという。
徹底的に襲いかかるか。
あるいは近寄らずに逃げるか。
中途半端はない。
そして向かう犬は、死ぬまで向かう。
だからこそ、あの白い犬の行動には説明のつかない部分が残るのだという。
複数の目撃証言によって、その犬が実在したことは確認されている。
だが、その犬がどこから現れ、なぜ見ず知らずの人間のために熊へ向かい、そしてどこへ消えたのかは分からない。
Iさんの話を聞いても、謎は深まるばかりだった。
今もふとあの白い犬のことが頭に浮かぶ。
謎は、宙吊りとなったままだ。
▼このテーマに関連する記事
いいなと思ったら応援しよう!
『ヒグマカルマ』は現在も北海道・東北で取材と撮影を続けています。
もし活動を応援していただける方がいましたら、サポートいただけると制作継続の力になります。
いただいた支援は、移動費・撮影費として大切に使わせていただきます。