あらしのよるに
ー大型で非常に強い台風が、関東地方に向かって北上しています。最大限の警戒をー
強い雨を避けて、地下街を歩く。腕につけた小さな画面がブーンと震えて、LINEが来たことを教えてくれた。
オンライン飲みしよう
台風が来ると、なんだか心細くなる。家にいても落ち着かないし、外には出たくない。どんなに音量を上げたヘッドホンを着けたって、地球からの空気の震えは、心に重たく響く。
アキの誘いはいつも突然だった。でも、いつでもタイミングがよかった。
僕は、少しでも気が紛れる口実を得て、普段は飲まないクラフトビールを買い込んで部屋に帰る。
今日で、一年だな。
忘れるわけがない。
友人のナツは1年前に、突然、遠い空へ旅立ってしまった。流行りの新型ウイルスにかかったとLINEが来て、ひとしきり茶化したあと、2日後にアカウントが消え、夜に、お袋から電話があったんだ。
お袋は僕のことが見えているかのように、ちゃんと椅子に座って、と言ってから、ナツの命の火が消えてしまったことを伝えてくれた。
ー台風は勢力を保ったまま、××県に上陸しました。すでに強風と、豪雨に見舞われている地域では、命を守る行動をー
小さな窓から水音が聞こえる。シャワーを浴びていても、雨と風の音は遮れないのだ。僕は、ナツのことを思い出して、少し泣いた。
雨もシャワーも、洗い流してくれる。
zoom開けたぞー
アキはいつもの背景の前にいた。大好きな映画のカットの中に、不自然に合成されて。
ナツが好きだった、紙パックのいちごミルクを画面に掲げる。アキは驚いたように笑い、同じような仕草で、いちごミルクを映した。
献杯。
ナツは遠い空で、元気にやってるだろうか。
大学のこと、サークルのこと、そんな当たり前のことを話しては、そういえばナツはさぁ、なんて結局はナツの思い出話で大笑いをする。
ー台風の目に当たる雲の切れ間が、××県の北部にさしかかりましたー
ひときわ強い風が建物を揺らした。
フッ
停電、だった。
目の前の画面だけが光っていた。
停電なんて久しぶりだなぁ。こっちはまだ大丈夫そうだけど。
アキは真っ赤になっていた。弱いくせに飲むから、すぐに顔に出る。知り合って間もない頃、その赤みが怖くて、大丈夫か?大丈夫か?と何度も聞いたのを思い出す。
大丈夫か?
アキに向かって手を振った。
顔が真っ赤になるってことは、健康なんだ。
ナツはいつもそう言って、アキの顔を覗き込む。
久しぶりに会ったのに、もう酔ってんのかよ。
・・何だって?
ナツの声がした気がする。どこから・・
台風の目に入ると、風が止んでとても静かになると聞いたことがある。たしかに外は静かになった。
気がつくと、画面には、懐かしい笑顔が映っていた。
おい!ナツか?・・懐かしいなぁ!
さっっむ!!なになに、ダジャレかよ。
スベッたからって、なにも泣くことないだろ。
アキも泣いていた。ナツだって、泣きそうだ。
むかし、3人で観た映画があった。数十年に1度太陽風がとても強く吹く日があって、そんな夜はオーロラが普段よりも大きく広がって、亡くなった家族の声がラジオから聞こえて来る、そんな物語だった。
とにかく、ハルとアキが元気そうで良かった。
俺がいないと、お前らは真面目な話ししかしないからな。
今日で、1年だな。
それを聞いて、ナツはきょとんとしていた。なんでも、さっき死んだような気がするのだと。
一年なんてあっっという間だけどな、死んだらもっっと短いよ。
あぁ、そっちに行きたいなぁ。
この画面から抜け出したら、生き返ったりして・・
貞子かよ!
アキがすかさずツッコむ。
意味のわからない涙があふれて頬を伝う。
意外とさ、見えてんのよ実は。
ハルもアキも、今日も生きてるなー、って。
ナツはどこにいるのだろう。
ナツと、アキと、会って大笑いしたかった。
画面の向こうが現実じゃなくても、今この時は、紛れもないリアルだ。
外は、また風が吹き始めた。雨音が窓から聞こえてきた。
台風の目から外れたら、ナツは、消えてしまうのだろうか。
たぶん、たまたま、つながったんだ。
だって俺、パソコンもスマホも持ってないんだぜ。
死ぬときは、何ひとつ持ってないんだ。
・・またな。
何かを悟ったのか、ナツは手を振った。
画面には、僕とアキだけが残った。
ふたたび雨と風の音が部屋を揺らした。魔法のような、夢のような時間だった。
死んだ人間と会話をするなんて、超常現象もいいとこだ。僕もアキも、酔って、幻影を見たのかも知れない。きっとそうだ。
ナツが会いにきてくれるなんて、夢だったんだ。
アキも俺も、呆けたようにぼんやりと、缶ビールを傾けては口に流し込んだ。
俺、実は「妖精」だった。
そんなLINEが来たのを昨日のように思い出す。
アキが小さく叫んで、周囲を見回した。
今度は、こっちが停電だ。
淡い期待とともに画面を見つめる。息をひそめるようにして、耳を澄ます。また、あの声が聞こえてこないかと。
んなわけないよな、とお互いに顔を見合わせて、少し寂しくて、でも、楽しくなって笑った。大笑いした。
ナツに届け、と強く願いながら。
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