しあわせは、自販機で買える
「ねぇねぇ、パパって、1日どのくらい稼いでるの?」
子からの無邪気な問いに、キーボードを打つ手が止まった。少しだけ考えるフリをして、ちょっと勿体ぶるように子に返事をした。
実は、もう答えは用意してあった。
遠い記憶が蘇る。
かつて僕も、父親に同じ問いをしたことがあった。”おこづかい”という言葉もまだ知らず、100円玉が最強だと信じていた、ほんとうに幼い頃のことだ。
父親は、少しだけ考えて言った。
「そうだな、この自販機で買うジュース、1杯くらいかな。」
その時、ちょうど公園にある自販機の前に立っていた。
商品を選ぶと、取出口に紙コップがセットされて、氷とジュースが注がれる仕組みの自販機だ。父親とその公園に出かけると、ほんとうに時々だったけれど買ってもらえた。
当時の価格は、1杯70円。缶ジュースよりも少し安くて、氷が入っていて、とても甘くて美味しかった。少しだけ安かったからなのか、僕と妹がそれぞれが好きなジュースが飲めたのも、この自販機が好きになった理由だった。
幼い僕は、「え?70円か…、ちょっと少なすぎない?」と思ったままを口にした。父親は笑いながら「そんなことないよ。こうやって、休みの日にジュースを買って飲むために、働いているんだよ」なんて答えてくれたような気がする。
自分が、当時の父親と同じような年齢になってみて、あの答えの凄さが分かる。実際の金額を言わないのは、言っても(金額が大きすぎて)分からないだろう、という思いもあっただろうし、ほかの人に言ってしまうのは困る、とも思ったのかもしれない。
なにより父親は、幼い僕たちに「お金の大切さ」を教えたかったのかもしれない、と気がついた。父が働いて稼いだお金を、大事に使って欲しい、そんな気持ちだったのだろう。
父親は、冗談が好きで、よく”ふざけ”ていた。そのたびに僕や母から「そんなわけないでしょ」と言われて、アハハと嬉しそうに笑う。だから、その時も”本当のこと”を言わないように、ジュース1杯分なんて誤魔化しているように、幼い僕は感じてしまった。
「ペットボトル1本分かな」大人になった僕は、子にそう答えた。
「むかし、お父さんも同じことをじいじに訊いて、そうやって答えていたんだよ。まぁ、ペットボトルは無くて、紙コップの自販機だったけどね」
そう説明すると、子は、口を突き出して眉を寄せ、怪訝な表情だった。もっと何か訊きたそうな様子だったけれど「ふうん」と言って、遊びに戻った。
幼い子どもたちが成長して、アルバイトを始めるとき、僕が言っていたことは嘘だったと落胆するだろうか。
それとも、あれはほんとうだったんだと、気がついてくれるだろうか。
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
いただいたチップは、モンブラン研究費用や子どものおやつ代にします(笑)