君は変わってしまったのか、アンジェリーナ
誕生日を迎える数日前、その店が来るとのポスターを見つけて、なんという偶然!と喜びました。
最近、多くの駅で、駅の一角にあるスイーツショップが月毎など定期的に、中の店が変わる仕組みになっています。お店側も、期間限定で売れ行きを気にしすぎなくて良さそうだし、客側は待っていればいくつものお店がやってくるという便利さがあります。
そのお店の次回予告の看板に、アンジェリーナのポスターがあったのです。アンジェリーナとは映画で大活躍の女優…ではなく、世界におけるモンブランの始祖と言われているお店の名前です。
本店はパリ…、と書くだけでなぜかお洒落になったような気がするくらい、日本から遠い外国の街。しかし、ここ日本にアンジェリーナがいるのです。
かつて、このお店が同じ場所に出店し、見つけた僕は驚喜にむせび、数日かけてケースに並ぶ全種類のモンブラン(以下、愛を込めて「モン」と呼ぶ)をたったひとりで食べ比べるという、狂気じみた催しを執り行ったことがありました。
アンジェリーナはモン発祥の店でありながら、日本寄りに味を調整し、栗以外の”和に寄せたフレーバー”を出しています。栗を主体にしたモンが好きな僕にとっては、なぜか悔しいけれど、どれも完成度が高く美味しいモンでした。
僕は、モンブランが好きで年間に50個以上食べています。控えめに言って週1です。季節問わず「モンブラン」と言う言葉を見つけたら試さずにはいられません。
最盛期には、油断すると1日に3個食べていることも。食べても食べても、飽きない奥深さがモンにはあります。
そんなわけで、アンジェリーナは毎年この時期に僕の近くにやってきているのです。なんということでしょう。僕の誕生日に合わせ、会いにきてくれているではないですか。少し気が早いけれど、僕が彦星で、アンジェリーナが織姫のように見えて…きますよね?七夕のようですよね?(強引)。

ケースにはかなり大きなサイズの「オリジナル」が並んでいましたが、ひとりで満足したまま食べ切れるのはこちらだと、いつも慎ましやかにデミサイズを選びます。「デミ」とは、フランス語で”半分”を意味する言葉です。
ケースを眺めた瞬間、何か違和感を覚えました。値段はまぁ、もともとも少し高いよね?という感じだから変わってない気がするのですが、なんだか見た目が違うような…。

こちらは以前のものです。
モンの象徴でもある、白い粉糖が溶けているのはあまり大きな問題ではありません。でも、トッピングのチョコの有無と、カップとラッピングの違いは見逃せません。
とりわけ、紙カップになってしまったことは、僕に一抹の懸念を生じさせる変化でした。その懸念とは、モンの構成要素のうち台となるメレンゲの大きさのことです。
日本ではモンの台はスポンジケーキなどの粉モン焼き菓子系が主流だが、アンジェリーナのモンは卵白に砂糖を入れて泡立てて焼いたメレンゲが使われている。
ラッピング紙だと、それ自体は柔らかく、モンを支持するものではないから、台のメレンゲでクリーム類を支え、しっかり立っている印象があったのですが、カップに入ると果たしてどうなるのでしょうか。
カップに入れてしまえば、モン自体は素材を重ねるだけで完成してしまうものです。ともすれば、コンビニのカップスイーツのような、造形において緊張感のないモンになってしまうように思えたのです。
個人的に救いだと思ったのは、カップに店名のロゴが入っていたこと。それなりに高級感があります。そして箱から出す時などは、取り扱いがしやすくなっていました。
ひとくち、食べました。
こってりとしたマロンクリームの甘さを、塩味の強いホイップが追いかけてきます。さすが…甘けりゃいいわけじゃないのです。ホイップの中には、何もありません。粒栗もダイスカットの栗もありません。硬派にして純粋な中身なのです。
そしてその下、(勝手に)問題となっている伝統のメレンゲ台を食べてみます。
薄い、気がしました。味ではなく、厚さのことです。そして、やはり小さくなった気がします。きめ細かさは以前のように繊細だけれど、舌の上に居座るような、どっしりした重量感は感じられなかったのです。
残念ながら、カップに合わせるように、メレンゲがサイズダウンしている気がしました。それぞれの素材は変わっていないようだけれど、バランスが変わったために、全体的な甘さも抑えられていたように感じるほどでした。
ここからは、自分でも引いてしまうくらいにマニアックな検証を試してみたい。気持ち悪がらないでほしい。
モンそのものの大きさが変わったのではないか、と疑い、以前の写真と今回の写真を見比べて、あの茶色いニョロニョロ(本来はマロンクリームの筋)を数えてみました。
以前のものは、画面に向かって垂直方向に流れるマロンクリームは、およそ20本ありました。対して、現在のものは向きが違うものの、20本は並ばないように見受けられたのです。
マロンクリームを絞る口金は、モンブラン口径と呼ばれていて、ケーキの名前から道具の名前に派生した逸話があります(諸説あり)。
本数が減らないようにニョロニョロを細くするという手段もありそうですが、マロンクリームがもつ粘度によって、絞り出せる太さが変わってしまうため、ケーキが小さくなったからと言って、マロンクリームも細めに絞ることはあまり現実的ではありません。
何が言いたいかというと、カップに入れたのは、「小さくなった」もしくは「小さくしたかった」からではないかと思うのです。
ちょっと、いやかなり残念です。
しかし、モンの強力な説得力であるマロンクリームが変わっていなくてよかった。ひょっとしたら、僕が分からなかっただけかもしれない、でもそれを考え始めると怖いので深掘りはしないことにします。
「モンは栗に限る」という原理主義的なモン好きさんもいらっしゃいますが、実は僕はそこまで強いこだわりはありません。だって、美味しいじゃないですか。
これは、何度でも言いたいのですが、アンジェリーナのショコラモンは劇的に美味しい。さらに、ほうじ茶モンは、香ばしさとほっくり感のバランスが絶妙です。
しかし、台のメレンゲがやや小ぶりになってしまっているのだとしたら、日本人には甘過ぎるわぁ…などと思ったり、海外はこれだから…とやれやれと言った体で楽しむことができなくなるのです。日本で食べられるモンに似てきてしまったら、比較すらできなくなってしまう…。それはあまりにも、悲しい変化です。
アンジェリーナよ、小さくなった君はもう日本に馴染み、紙カップという変装に身をゆだねてしまったのだろうか。君は日本人のように、僕たちのそばにいて、穏やかに暮らしているのかもしれないな。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
いただいたチップは、モンブラン研究費用や子どものおやつ代にします(笑)