【依存 | Addiction】
メインコンセプトは【依存】
エッセイ【不幸自慢は気持ちいい】
曲名は【赤い青色と華】
※MP3のダウンロードは下の方にあります。
あやがエッセイ。
らーめんまんが作詞・作曲・映像の共作。
ボーカルは居酒屋の姉ちゃん。
ひとつのコンセプトを別ベクトルで表現した作品になります。
#創作大賞感想もあるので、低評価・高評価関係なくコメントも宜しくお願いします。
不幸自慢は気持ちいい
わたしに値札を貼るなら
大前提として、わたしはとにかく自己肯定感が低い。
とは言っても決して、自分のことがすごく嫌いというわけではない。自分なりに好きで認めている部分もあれば、自分基準で正しく評価した上で「わたしの価値はこんなもんだろう」という値が低いということだ。
周りの人はそれを否定してくれることもあるが、自分自身がそれを信じることができない。「自分に厳しい」といえば聞こえはいいが、単に自分自身への信頼度が恐ろしく低いだけである。
自己啓発の類にも興味はさほどなく、自分磨きだの丁寧な暮らしだのそういったものにも熱心になれない。逆境と言える状況に陥ることも多々あるのに、それをどうにかしようという活力もあんまりない。
そう、わたしは本当に「大したことがない人間」なのだ。
不幸はわたしを少し良く見せてくれた
そんなわたしに、少しだけ付加価値をつけてくれたものがある。それが「不幸」だ。
わたしは普段からまぁ何とも言えずヘラヘラした女である。間抜けで深みのない顔立ちも役立って、とにかく悩みのなさそうな風貌らしい。人となりは表情に出るとよく言うが、実際わたしはあまり物事を深刻に考えていないためそのようなルックスになるのであろう。
それが、なんということだろう。わたしを取り巻いていた「不幸で可哀想な境遇」というフィルターをかけてみれば、『大変な状況なのに明るく振る舞って笑っている人物』に見えるらしいのだ。
わたしは幼少期からそれに気付いていた。
物心ついた時からの母子家庭、母の再婚後に受けた継父からの虐待、二度目の母子家庭からの貧困と高校生からの無茶な一人暮らし、などなどなど。今振り返ってみても、幼少期から大人になるまでのわたしの人生には、常にじっとりとした「可哀想」感が粘りついていたように思う。
わたしというしょうもない子供がひとたびその「可哀想」をまとえば、なぜだか周りが優しくなるのだ。
小さいのに頑張っているね。
大変な思いをしたのに明るく振る舞っていてえらいね。
苦労をしてきたね。
いや違う。わたし自身は生きるのに必要なだけの行いしかしていなかったと思う。現に今振り返ってみても特に何か努力をした記憶はなく、ただただ火の粉を払いながら取り巻く環境のまま生きてきただけだ。そんな暮らしの中でも楽しさや幸せは確かにあったし、普通に考えて別に二十四時間三百六十五日ずっと可哀想だったはずが無い。
だけど、わたしに「可哀想」という付加価値がついた。わたし自身は何一つ変わらずに幼少期からずっとヘラヘラした人間なのだが、周囲がわたしに「不幸」という高下駄を履かせたのである。
わたし程度の可哀想ならおそらく掃いて捨てるほどいる。が、その中でもわたしはどうにもこうにもゲスいらしく、幼少期からその高下駄の存在に気付きつつ心のどこかで拠り所にしていたようなのだ。
何とも気持ち悪い女である。
「可哀想」はいちばん安全な武器だった
そんなわたしも紆余曲折あって、結婚というものをし、娘が2人産まれた。結果離婚しているのだが、その結婚生活においてもわたしは実に長く「可哀想下駄」を履きこなしていたように思う。
元夫はギャンブルが好きで女癖も悪くモラハラDV気質で、最終的に借金して家出して不倫をしたので別れた。そんな男さっさと別れてしまえばよかったのだが、交際期間を含めると実に15年もの歳月を費やしてしまったのだ。
何で別れなかったのか? 多分可哀想な自分に安心していたからだ。可哀想でいれば、なんだかそんな愚かさにも事情があるように見える。
色々な仕打ちに耐え、それでも一緒にいる嫁。そんなわたしを捨てるはずがない。とでも思っていたのかもしれない。どうしようもない馬鹿女である。結局あの男は、わたしと娘たちとの生活よりも不倫女を選んだのだから。
が、そこでまたわたしは人生で最大の「可哀想」を周りからもらってしまう。純粋な心配はもちろん、腫れ物に触れるかのような優しさや、優しさでコーティングされた好奇心・野次馬心、色々なものに触れた。
正直に言うと、もしかしたらわたしは嬉しかったのではないか。人の関心をひくことが。どんな形であれ人に優しくされることが。周囲から見て純粋で正当な「被害者」であることが。正しく傷ついている人間には、少なくともその場では誰も石を投げてこない。
でも自分自身がいちばん知っているのだ。他の女性に目を向けられても仕方ないくらい、わたしに魅力がなかったことも。最低最悪な男だと内心思っていたからこそ、死にたい殺したいくらい辛い思いをした反面で実はそこまでの失望はしていなかったことも。
わたしが一番わかっている。わたしが一番しょうもないことを。
最低男に不倫されて離婚、娘2人を育てるシングルマザー。それがどうやら今のわたしのパッケージらしい。
そのパッケージは、わたしを実物よりまともに見せてくれる。苦労している人。頑張っている人。傷ついたのに笑っている人。本当はただ、見る目がなくて逃げ足が遅くて、傷ついた自分すらヘラヘラと値段をつけて陳列する女なのに。
「可哀想」がないわたしは
さっきまで「可哀想という高下駄」という表現をしていたが、今のわたしがまとっているのは「可哀想という薄皮」だ。
離婚からある程度の時間が経ち、か細いながらも何とか生活をするための仕事を得て、シングルマザーであることも当たり前になってきた。正直、元夫というストレス源がなくなった今の暮らしはものすごく快適で、娘二人と本当に楽しく幸せに暮らしているのだ。
結婚はしないもののパートナーにも恵まれて、大切にしてもらっている。元夫から受けていたような女としての屈辱を感じることもなく、これからも今の生活がずっと続いてほしいと心から思う。
今がきっと、これまでの中で一番幸せなのだろう。
だけど、どうしても薄皮だけは捨てられない。
その生々しくて生ぬるい薄皮を剥いて割いて、出てきたそのぐちゃぐちゃどろどろした中身が本来のわたしなのだけど、一体誰がそれに対して好ましい感情を抱くというのか。そういう思いがどうしても消えない。
わたしは、わたし自身をさらけ出すことが怖い。パッケージも薄皮も全部なしにした、剥き出しの自分を評価されることが恐ろしいのだ。
自分自身のことを話すとき、シングルマザーであることから過去に何かあったことを匂わせてはいないだろうか。そうして匂わせて質問させて、「大変だったんだね」と言われることにある種の快感を抱いてはいないだろうか。そうだとしたら、それはもう「可哀想」への依存だ。
わたしは今こうして文章を書いている。この文章すら、可哀想だと思われたくて書いているのかもしれない。
嫉妬深くて怠け者で、愛されたいくせに試すようなことばかりする。無駄に最悪を想定して優しくされると疑い、雑に扱われるとやっぱりそうだと思う。努力家でもなく、人格者でもない。苦労をしたぶん優しくなったわけでもない。
そこまでわかっているのに、「でも人間ってみんなこういうところあるんじゃないの?」と心のどこかで思っているわたしは本当に気持ち悪い。
たぶんわたしは、幸せになりたいのではなく、可哀想だったことを知った上で幸せそうに見られたいのかもしれない。どうにもこうにも薄ら寒い奴だ、と心底思う。
わたしだけがそうなのだろうか。
誰でもあるのではないだろうか。
可哀想な自分が救いや言い訳になることが。
幸せを感じながらも、不幸自慢を手放せないのだ。
その薄ら寒さごと、わたしはまだ、誰かに見ていてほしいのだと思う。
赤い青色と華
硝子細工の薄皮
名前をつける手前
十秒間
掌の中で溶け合う色
幻想とその先へ
青く揺れる世界
五秒前
零れ落ちて溶け合う赤
花びらも蕾も
雨に流されて
消える時を待つわ
綺麗なもので紛らわせても
流れ散る赤は消えない
百合に咲く華を
あなたはどんな目で見るの
高原で咲く華を
わたしは枯らせてしまう
こびりついた粘膜も
泪に流される時を待つわ
汚い思いを吐き出しても
線は溶けただけで消えない
あなたはどんな目で見るの
空に映る太陽も
わたしは曇らせてしまう
孤独と矛盾の写し絵
名前をつける手前
三秒間
境界線は混ざり合う色
澄んだ青のその先へ
赤く染まる世界
黄昏時の途中
わたしたちの影は
ゆっくりと溶けた
Roi des mouches
Roi des cendres
Roi des fleurs pourries
Roi des mouches
Roi des cendres
Roi des fleurs pourries
Thnak you for watching♥
