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【Essay】友達は100人もいらない。

I don't have time to worry about who doesn't like me.
I'm too busy loving the people who love me.

僕のことを好きじゃない誰かのことで、くよくよする時間はないんだ。
僕は僕を大好きでいてくれる人を大好きでいるのに忙しすぎるから

「PEANUTS(ピーナッツ」
チャールズ・M・シュルツ





「おい、いつまでそうやって落ち込んでんだよ。いい加減、うぜぇよ」

 父が自殺した1ヶ月後に、友人だと思っていた人から言われた言葉。
 彼がそういう発言をしてしまったのは、仕方のないことだった。僕は、ある日突然大学を1ヶ月間休み、ひさしぶりに学校に来たと思ったら、休んでた理由を何も喋らず落ち込んでいる、面倒くさい奴だったからだ。
 はじめのうちは、彼も何か察してくれて距離を置いてくれていたが、あまりにも長く僕が陰気な空気を出していたから、しびれを切らして、上記の発言をしてしまったのだろう。

 僕は、彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(そうだよな…、あの人にとって僕は、いつもニコニコしていてて、冗談言って、明るい存在だもんなぁ)
 でも、頭ではわかっているけど、思ったように笑顔を作れない。お父ちゃんが苦しんで死んだのに、自分だけ笑うなんて許されない。こんな状況で面白いことなんて思い付くはずがない。

 その日から、自分の存在価値がわからなくなった。広く浅くたくさんできた友人達が、あっという間に僕のそばから消えていった。怖かった。本当に怖かった。大学に行くたびに、僕のことを周りが腫れ物扱いする。「あいつと一緒にいても楽しくない」「あいつは、もう無価値だ」と言われているような気がした。

 地方に住む母からLINEで「もう気持ちは、大丈夫?」と連絡が来た。母だって、心に大きな傷を負っている。父の代わりに、長男である僕がしっかりしなければいけない。「大丈夫、もう普通に日常に戻れてるよ」と強がってみせた。

 母と父が必死に貯めたお金で行けた大学だ。安易に辞めるなんてことは、できない。




 だけど、強がってみたはいいものの、家族と離れて、東京で一人ぼっちでいると余計なことばかりを考えてしまう。

(このまま大学を卒業して、その後、僕はどうなる?僕は就職できるのか?何も取り柄がないのに…?仮に就職できたとしても、それからどうなるんだ?結局、僕も生きることが苦しくなって、父と同じ結末を迎える運命なんじゃないか?)

 見た目だけじゃなく性格も父と、そっくりな僕だ。どんなに頑張って、明るい未来を考えようとしても、最終的に自殺する未来に辿り着いてしまう。なんのために生きるのか、このまま生きていても幸せになれるのか、今まで何を考えて生きてきたのか。


 父も亡くなる前に、今の僕と同じように、生きる意味が、わからなくなってしまったのだろうか。父が、どのような理由で自殺に至ったのかは、遺書には書いてなかった。
 でもきっと、今の僕と同じで人間関係なのだと思う。職場での関係なのか、友人関係なのか、家族との関係なのか、僕の前では何食わぬ顔で、いつも通りだったから、一切気づかなかった。気づけなかった。だから、真意は決してわからない。



 人と繋がっていた糸は、思っているより簡単に、ふとした拍子に切れてしまう。きっと、その切れた糸が、複雑に絡み合っていつの間にか、父の首に巻き付いてとれなくなってしまったのかもしれない。


 今の僕も、同じだ。大学を入学した時に、たくさん紡いだ友情という糸が、プツンと次々と簡単に切れて、相手の知らないところで、僕の体に絡み付いて取れなくなった。その糸が、僕を苦しませ続けた。



 僕が、学校を休んでいた理由を、無理矢理聞いてきた人もいた。脅しのような聞き方だった。僕は、父が自殺したのだと正直に話した。そんな答えが返ってくるなんて思ってもいなかったみたいで、彼は気まずそうな顔で、その場を立ち去り、それから、一切話しかけてこなくなった。

 落ち込んでいる理由を話さなければ、ウザがられて、話したら話したで関わろうとしてこなくなる。僕が上手な嘘でもつければ良かったのかもしれない。でも、あの頃の僕には、そんな余裕はなかった。


 それから、友人だと思っていた人達は、大学で新しい友達を作っているのを見た。以前の僕みたいに、明るくてニコニコしている人だった。結局、僕の代わりになる友人なんてたくさんいる。どんなに共通の楽しい思い出を作ろうと、いらなくなったら別の楽しい思い出を作れる友人を探せばいい。きっと、そういうものなのだろう。


 僕は、ますます生きるのが苦しくなった。怖くなった。それ以来、人と深い関係になることを嫌った。できるだけ人と関わらないように、一人暮らしの部屋から、必要最低限のこと以外は出ないようになった。関わろうとしてくる知人に対して、わざと嫌なことをして、ほっといてくれとアピールした。

 当時の僕は相当嫌な奴だったと思う。歪んでこじれた奴だったと思う。





 でも、そんな僕に対して、しつこいぐらいに関わろうとしてくる奴等がいた。それが、僕のエッセイによく出てくる友人達だ。
 彼らは、本当に腹立つぐらいに、しつこく遊びに誘ってきた。僕は、その度に彼らに暴言を吐いた。2度と関わるなと言ってやった。それなのに、ウザいぐらいに遊びに誘ってきやがった。僕がなんで落ち込んでいるのかも知らないくせに。僕が今どんな気持ちで何を考えているのかもわからないくせに。何も聞かずに、遊びに誘い続けてくれた。


 もう面倒臭くなって、仕方なく遊びの誘いに乗ってやった。すると、1日で終わるような遊びじゃなくて、友人達は旅行の計画を立ててやがった。
 そして、その旅行が最悪だった。道中のコンビニで、車内の座る場所がなくなるぐらい、僕のために大量のお菓子を買ってきやがった。寄ったガソリンスタンドに、財布を忘れたアホな友人がいて、1時間かけて引き返すハメになった。雪道でチェーンをつけられない友人のせいで寒い中、手伝わされた。旅館にようやく着いたと思ったら、車のドアが壊れて閉まらなくなった。大きな旅館に予約の名前がなくて、調べてみると、隣の小さな旅館で恥かいた。


 僕は、ずっと不機嫌だったのに、嫌な顔をせずに僕の友達は、今までと同じように接してくれた。何も面白いことを言えない無価値な僕を、ただひたすら笑わせてくれた。あの日の旅行を、忘れられない最高のものにしてくれた。


 笑うことができない僕も、落ち込んでいる僕も、暴言を吐く僕も、黙っている僕も、全て含めて僕なのだと認めてくれた。ありのままの僕を受け入れてくれて、代わりのいない、かけがえのない友達なのだと信じさせてくれた。どんなに切ろうとしても、決して切ることができない太くて頑丈な糸があるのだ。そう教えてくれた。





いつも僕を苦しめるのは、人との繋がりだった。






でも、僕をいつも救ってくれたのも、人との繋がりだった。


あの時、そばにいてくれた人達のおかげで
今の僕がある。




 先月、僕の大切な友達の1人が、結婚すると嬉しそうに報告してくれた。そして、友人代表スピーチを僕に任せたいそうだ。照れくさくてずっと言えなかった、胸の内に秘め続けた感謝の想いを、この機会に伝えたい。








※改めて、父が亡くなってからの出来事と向き合って『青空』など、加筆修正しました。



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