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3年後には「これが私のビジネスよ」と胸を張っていられるように。

本当に、私はいろいろ諦めてきました。
誰かに「やめたほうがいい」と強く止められたわけじゃない。
でも、“そんなことしたらダメだよ”って言われたような気がしただけで、自分から引き返してしまった。
振り返れば、誰よりも自分が、自分の夢にブレーキをかけていたんです。
その選択が、あとからじわじわと後悔になって胸に残る──そんなことばかりでした。


やりたい気持ちはあったのに、自分で閉じた扉たち

20代の頃、NYひとり旅を計画しました。
メトロポリタン美術館を見に行きたくて、お金も貯め、休みも確保して、準備は万端。
でも、両親の「外国に女の子一人で行って殺されでもしたらどうするの?」という一言でやめてしまいました。
本当はツアーや友達同伴という方法もあったのに、考える前に扉を閉じたんです。

特許翻訳の勉強をしていたときもそう。
TOEIC700点台後半まで取っていたのに、「実務経験もないし、どうせ無理」と思って履歴書すら出しませんでした。

CAの書類選考に通ったときも、「その日は会議があるから」と理由をつけて面接に行かなかった。
本当は身長と体重をサバ読んでいたのがバレるのが怖かっただけです。

こうして、あと一歩踏み出せば叶ったかもしれない夢を、私は何度も自分で手放してきました。
そして不思議なことに、あのときやらなかったことは、30年たった今も鮮明に覚えています。


「もうこれ以上、あきらめたくない」──きっかけは長男の留年

50代になった私を動かしたのは、長男の大学留年でした。
想定外の追加学費は家計にとって大きな負担。
「じゃあ私が副業で稼ごう!」と。

思い出したのは、若い頃に趣味で書いていた無料ブログ。
文章を書くのは苦じゃなかったし、むしろ楽しかった。
こうしてブログとライターの仕事をスタートしました。

ありがたいことに、コンサルを受けながらブログで月収16万円まで達成。
でも、コンサル卒業後に気が抜けて、ふっと手が止まりました。
「もう私には無理かな…」そんな思いがよぎったときに出会ったのが、ChatGPTでした。


AIとの出会いがくれた「もう一度やってみよう」の気持ち

最初は「便利そうだけど難しそう」と思っていました。
でも、使ってみたらまるで“もうひとりの私”と話しているような感覚で、記事のリライトやアクセス分析、次の一手まで相談できたんです。
気づけば、やる気が静かに戻ってきていました。
「これなら、もう一度やれるかも」──そう思えた瞬間でした。


このnoteは、私の“あたふた起業日記”です

50代という年齢は、体力も気力も20代や30代の頃とは違います。
でも、積み重ねてきた経験と、AIという新しい道具があれば、まだまだ挑戦できる。

3年後、「これが私のビジネスです」と胸を張って言えるように。
たとえそのとき結果が出ていなくても、「私、いま夢の途中ですから」と笑って言えるように。

このnoteでは、そんな私の日々を等身大で綴っていきます。
もしあなたも「やりたいけど…」と迷っているなら、今日から一緒に、夢の続きを始めませんか?

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