ものほしそうなぶた
雑貨屋さんで、とても愛らしいぶたをみつけた。
ディスプレイに2体。
売り物でよいのかわからなかったが、店員さんに尋ねると、売ってくれるとのことなので、ありがたくちょうだいした。
110円とのこと。
耳を疑い、再度確認してしまった。
こんなにかわいいのに、そんなにお手頃でよいものか。私が対価を支払うことで、このものほしそうなぶたの価値が再認識されるのでは??
などとも考えたが、ただの面倒な客に過ぎないため、定価を支払う。
ありがとうございます。
…とてもかわいい。
私は生物でぶたがいちばん好きなのだと思う。
気づくと目で追っている。
水色など寒色系がすきで、ピンク色はどちらかというと苦手なのだが、ぶただけは気づくとノージャッジで購入してしまう。家には、たくさんの連れ去られたぶたがいる。
このものほしそうなぶた、たべものと一緒に並べると、本当にかわいい。
ずっとみていられる。
いや、ずっとみていたい。
脊髄反射のようなこれは、もはや恋なのだろうか。
わからないけれど、とにかくかわいい。
あまりにかわいくて、一度自慢したら、名前は?と聞かれた。
しかし、私には愛しいものやかわいいものに名前をつける習慣はない。
幼少期にペットを飼育させてもらったこともあったが、アレルギーの関係で短期間であったり、短命のものがほとんどであった。亀、カブトムシ、クワガタ、金魚など。インコは喘息に影響があってあまり近づけず、そのうち鳥籠を開けて逃げてしまった。
愛車に名前をつける人もいるようだが、私は有機物にすら名前をつけた経験がない。無機物はなおのこと。
とっさに、いつも頭の中に浮かんでいた「ものほしそうなぶた」というワードを、そのまま伝えてしまった。
「ふーん。」と少し笑って話は終わりとなったが、「ものほしそうなぶた」、なかなかのパワーワードでは?と気づいた。
悪口でも暴言でも貶しているわけでもなく、私がそのぶたの愛らしさをそのまま記述した姿を言葉にしただけだ。
しかし、ものほしそうなぶた。
単体で述べる時は、ぶたさんと敬称をつけることを常としていたはずが、なんだかおかしい。
すでに愛着もあり、あのかわいらしい顔(かんばせ)をみると、ものほしそうなぶた、と脳が記述する。困った。しかし、かわいい。
別に愛称をつけずともよいのだが、なにかかわいらしく親しみのあるモノローグをしてみたい。
ものさん?
ぶたさん?
わからない。
近距離旅行に来たのに、なぜか旅日記もサボり、愛しいぶたについて書いているのかもわからない。
ビールを飲みに行こう。ホルモンとか食べに行こう。
