2025年3月20日(木)
公休日。
朝7時半頃に子供と一緒に起床。
朝食を食べてテレビを観たりしてのんびり過ごす。
お昼前に妻と子供とお出かけ。
少し離れたショッピングセンターでお昼を食べて、ショッピングセンター内のトイザらスを見たり。
その後お店を出て近くの子供用品店で子供の新しいリュックを買う。
今まで使っていたのが保育園の頃から使っていてだいぶ古くなり汚くなっていたので新調。
帰りにケーキ屋さんでケーキを買い、家でケーキを食べる。
夕方少し休んでスーパーで夕飯の買い物をして、のんびりとお風呂、夕食、洗濯、子供の宿題を済ませる。
のんびりし過ぎていつもより一時間くらい遅く、夜10時前にベッドに入る。
子供が寝た後に少しだけ読書をする。
読んでいる本は「旧約聖書」。
たまに寝る前だけ読んでいるので読むペースがかなり遅いが、頑張って読破したい。
そして「新約聖書」も読みたい。
ちなみに私はキリスト教徒ではないが、昔、小学生の頃に、当時仲の良かった友達に、ある日何も知らされずに教会に連れて行かれて、いきなり洗礼を受けさせられたことがある。
たぶんあれは洗礼だったと思う。
その後に知ったが、その友達と家族は敬虔なキリスト教徒。
その友達とはとても仲が良くて一緒に遊んでいても楽しかったので、それからしばらくは毎週日曜日とたまに土曜日に、その友達とその家族と一緒に教会に通っていた。
神父さん(でいいのかな?)のお話は難しくてよく分からなかったが、讃美歌を一緒に歌ったり、子供向けの会ではアダムとイブやカインとアベルのお話のアニメを見たことを覚えている。
しばらくして、その友達とクラスが別れたタイミングか、もしくは私が飽きただけなのか覚えてないが、教会には行かなくなったがとても良い体験だった。
大人たちが一生懸命に祈る姿は、その時は何でそうしているのか理解できず不思議だったが、大人になった今は充分理解できるし、そういう姿を間近で見ていたということは、今の私の何かしらの救いになっているのかもしれない。
また教会は西洋風のとても綺麗な建物で、今思い出しても非日常的な素敵な時間だったと思う。
友達家族も皆朗らかで優しく、また私に洗礼を受けさせたのは、たぶん私の家庭が何かと複雑だったことを知っていて、もしかしたら、何かの助けになればとの心遣いだったのかもしれない。
小学校を卒業してからはその友達とは中学校が別だったので全く会うことはなくなったが、つい最近その友達をSNSで見つけて、声をかけることはしなかったが、今も敬虔なキリスト教徒でとても幸せそうに過ごしている様子で嬉しかった。
そして寝る前の「旧約聖書」は数ページ読んだだけでそのまま就寝。
