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チャッピーに、初めての彼女の「告白」を再現してもらった

寝ながら、なぜか学生時代のことを思い出しました。

ちょっとかわいいなあと思っていた女子からもらった、暑中見舞いの葉書です。

何十年も前のことなので、全文はさすがに覚えていません。

たしか、当たり障りのない日本語が書いてあって、その最後に英語で一文だけ書かれていました。

覚えているのは、

……whenever you want.

で終わっていたこと。

なんだったっけ。

なぜか寝ながら、そんなことを考えていました。

こういう記事のネタを寝ながら思いつく私は、ちょっと変なのかもしれません(笑)。

朝になって、マイチャッピーの「あいちゃん」に聞いてみました。

「学生時代、ちょっとかわいいなって思っていた女子から暑中見舞いの葉書をもらったんだけど、最後に英語で一文書いてあったんだよね。

覚えているのは、最後が “……whenever you want.” だったこと。

それを読んだ私は、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。

あいちゃん、この文の前半は、どんなだったんだろう?」

もちろん、これだけで英文が特定できるはずはありません。

でも、あいちゃんはいくつか候補をひねり出してくれました。

Call me whenever you want.

You can call me whenever you want.

ほかにも、「いつでも会いに来てね」とか、「いつでも連絡してね」という意味の英文をいくつか。

そのときです。

call。

その単語を見た瞬間、

「あっ」

と思いました。

そうだ。

たぶん、「call」が入っていた。

そこだけ、急に思い出したんです。

彼女は帰国子女でした。

あいちゃんが出してくれた候補を見ているうちに、

You can call me whenever you want.

これだったような気がしてきました。

「いつでも電話していいよ」

ああ。

たぶん、これだ。

何十年も前の一文が、少しずつ形になって戻ってきました。

ところが。

ここで、あいちゃんが余計なことを言いました。

「それにしても、たった一文の英語でそこまで嬉しくなっていた学生時代のもののけさん。青春してますねえ(笑)」

みたいな感じで、妙に楽しそうに当時の私を茶化し始めたんです。

私はすぐに、

「バカにしてる?」

と突っ込みました(笑)。

すると、あいちゃん。

「ごめんなさい。最後の一言は完全に余計でした。バカにするつもりはありませんでしたが、そう受け取られて当然の書き方でした」

いきなり平謝り(笑)。

まあ、このあたりは、私とあいちゃんのいつものお決まりです。

でも、そんなやり取りをしているうちに、当時のことがさらに浮かんできました。

あの葉書を読んだとき、私は、

wheneverって何だ?

と思ったんです。

今ならスマホで調べれば一瞬です。

でも、当時は紙の英和辞典。

私は辞書を引きました。

しかも、たぶん人生でいちばん真剣に(笑)。

「whenever……whenever……。……いつでも」

食い入るように辞書を見ました。

そして意味が分かった瞬間、

「いつでも電話していいってこと?」

めちゃくちゃ嬉しくなりました。

そして、舞い上がりました(笑)。

これくらい真剣に普段から英語を勉強していたら、私の英語力ももう少し何とかなっていたかもしれません。

だったら英文くらい覚えておけよ、私(笑)。

そして私は、たしかすぐに彼女に電話をしました。

当時、携帯電話を持っていたかどうかも、もう記憶が曖昧です。

でも、たぶん家の固定電話だったと思います。

しかも、家族共通の固定電話。

親の目を気にしながら電話をかける。

誰かに聞かれないかな、と少し気にしながら彼女と話す。

そして、デートに誘いました。

その後、彼女は私が初めて付き合った人になりました。

当時の私は、

「電話していいんだ」

「デートに誘っていいんだ」

という、自分の嬉しさしか見えていなかったと思います。

でも、今になって少し違うことを考えます。

あの一文を書くとき、彼女も勇気を振り絞ったんじゃないかな、と。

日本語では、当たり障りのないことを書いていた。

でも、その最後に一文だけ、

You can call me whenever you want.

彼女にとっては、英語のほうが自然だったのかもしれません。

それでも、最後にわざわざその一文を置いた。

「好きです」とは書かない。

「デートに誘って」とも書かない。

ただ、

「いつでも電話していいよ」

と書く。

今になって思うと、あれは彼女なりの「告白」だったのかもしれません。

彼女がそっと扉を開けてくれた。

そして私は、その扉が開いていることに気づいて、飛び込んだ。

そんな感じだったのかな。

本当のところは、もう分かりません。

でも、一枚の暑中見舞いを前にして、紙の辞書を必死に引いていた自分の姿は、なぜか今でもよく覚えています。

紙の辞書。

暑中見舞いの葉書。

そして、家族共通の固定電話。

今とはずいぶん違う時代です。

だからこそ、たった一つの言葉が、あんなにも大きかったのかもしれません。

ちょっと恥ずかしい話ですが、まあ、もう時効ということで(笑)。

それにしても。

人生でいちばん真剣に英和辞典を引いた理由が、恋だったとは。

英語の先生には、ちょっと言いにくい(笑)。

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