〚お客をえらぶギター奏者の物語(仮題)〛通し番号191. 《飛び立つ》(5)
千代ちゃんは、それからしばらく後 中学校を卒業するのを待って、若いデビューを飾る次第となった。
ギターを弾きながら歌う女の子、は 当時まだ珍しく 彼女は 爆発的な人気を得た。
デビュー前に 練習に励んだとは言え、ギターの腕前は プロとしては ヒヤヒヤものだったが、
粗の目立たない編曲や、豪華なバックバンド、
挙句の果てには 弾いている振りだけさせ、録音したものを被せるインチキ もとい演出までして、人前に出した。
人々は 愛くるしい彼女が ギターを抱えて歌い、にっこりする姿を テレビやステージで見られれば 熱狂したのである。
半分 外国語みたいな芸名をつけられ、生まれは 首都の 何不自由ない家庭で育ったことにされ、本当の出身は隠された。
それが イメージ戦略と言われれば、まだ子どもの 千代ちゃん自身にはもちろん、そして親ですら無い 慶三にも どうしようも無い。
「せめて 高校へは 通わせてやってくれ」という約束も、籍こそ置いてあったが あまりの売れっ子ぶりに ほとんど通えず、やがて 籍もなくなった。
成人してからは いよいよ慶三が 口を出すことも憚られ、会うどころか お互いに電話もしなくなっていく。
正月に 事務所名の年賀状が届くのみで、子どもの苑には それすら来ないという話だった。
それでも テレビをつければ 毎日のように 彼女の姿は見られた。
あどけなさは消え、スマートになって垢抜け、すっかり美しい芸能人へと変身した 輝くばかりの彼女が。
時には エレキギターを持たされたり、歌のみの場合や、にっこりして商品名を言うだけのコマーシャル出演もあったが、
愛用するクラシックギターには 潤さんの薔薇の花が咲いていた。
それについて インタビューで聞かれても
「大好きな人が 描いてくれました。私の 宝物です」
田川潤の名前を出せば 価値があったろうが、売名には 決して利用しなかった。
それは あながち出身が暴かれる 恐ればかりではない、と 潤さん慶三は感じている。
便りの無いのは 良いしるしとは言え、慶三はやはり心配なので 何度か 業界に詳しい友人に尋ねてみた。
彼らは 口々に「若いけど ガッツがあって、なかなか上手くやっているという噂だよ」
「本当にヤバい所へは近づかない 勘の良さと 度胸がある」
要は、千代ちゃんには 芸能の水が合ったということらしかった。
男性歌手や タレント、スポーツ選手らとの『熱愛』の噂も 幾度か流れたが、事務所が上手くあしらったか 人気も落ちず、
やがて 年上の大物歌手に見初められ 交際の後、結婚して 芸能界を円満に引退した。
芸の道を極めたい、というタイプでも無いだろうし、自らの家庭を持ちたいと 切実に望んでいた彼女にとって、まずもって大成功の芸能人生であったろう。
子どもの苑へは 連絡も無い、と述べたが、
千代ちゃんがデビューして 3年後くらいに、匿名の或る人から 毎年 苑への寄付が始まったと云う。
現金書留の差出人欄は イニシャルのみで『C.K.』、千代ちゃんが結婚した頃からは それが『C.F.』に変わったとも。
それを 鷹木夫妻に耳打ちしてくれたのは、千代ちゃんの筆跡も熟知し、苑の生き字引にして、
『子どもの苑』『子どもだった人たちの苑』『診療所』を 史上初めて統括する地位に就き 今に至る『大苑長』こと小川美子氏である。
(この物語は おとぎ話です。登場する人びと、場所、出来ごと等 全て 架空の存在であり、モデルはありません。こんな人びとがいたら良いな、と願って書いているところはあります。)
