〚お客をえらぶギター奏者の物語(仮題)〛通し番号218. 《飛び立つ》(32)
それからというもの、今井は 仕事の合い間を縫って研究室へ通い、大量の本を箱詰めしては 台車に載せ、学内の図書館へと 運びに運んだ。
それが済むと 今度は、古書や古美術品を 大学附属の博物館まで押してゆく。
どちらでも 待ち構えていた司書や学芸員が ずらりと並び、
「W先生が 長年かけて収集して来られた 貴重なお宝を」拝んで受け入れた。
すっかり片付いて 空になった研究室内を眺め、W氏は
「ああ、おかげさんでスッキリしたわ。本当に 今井さんが立ち寄ってくれなかったら、どうなっていたことか。
ご苦労さまでしたね、些少ですが コレをね」
用意の封筒を そっと差し出す。
「いえ、先生、そんなつもりでは」
「えぇ わかっていますとも、でも 暑い中 こ〜んなに働かせておいて 何にも、っていうわけにはいかないでしょう?黙って仕舞ってくださいな」と押しやる。
「そうですか、それでは 遠慮なく頂戴致します」額に おし頂く。
大部屋俳優の給金は 雀のなんとか、正直 涙が出るほどありがたい。
「ところで、先生は これからどうなさるんですか?」
W氏の目が逸らされ 宙を泳ぐ。
ここ数日間、先生と一緒に過ごす間に 年齢だけではない疲れ方や 無理して動かれた際の 尋常でない顔色の悪さを目にし、ある程度 事情を察してはいた。
気遣わしげな今井の目は 誤魔化せないと観念したか
「えぇ そうなのよ、具合が良くなくってね、ふるさとへ帰って 養生しようと思うの」
そう聞いては 放っておけず、家まで送ったり、あれこれ気をつけて様子を見たりしていると、
どうも先生は 誰の手も( 数多居るはずの芸事のお弟子さんや、顧問を務める O社の人員も)
借りずに こっそりと身の始末をしようとなさっているらしかった。
せめて 今井の同僚の役者達や 大学の後輩に手伝わせようか、と提案してみたが
「堪忍してちょうだい。今は 世間に知られて騒がれたくないの」
幸い、ご自宅は 先生ご自身の手により 既にほとんど片付いており、
「借り家住まいだから、もともと私物は 衣装とか それくらい」
ふるさとへ持ってゆく ほんの少しの荷物を残して、
いくつかの段ボール箱を O社へ運んでほしいと言われ、今井は 友人の車を借りて運んだ。
(この物語は おとぎ話です。登場する人びと、場所、出来ごと等 全て 架空の存在であり、モデルはありません。こんな人びとがいたら良いな、と願って書いているところはあります。)
