フローの記事を読んで、改めて深呼吸について考える
私は今まで、深呼吸をすれば気分が落ち着き、疲れも取れて、少しでも身体の負担を減らせるものだと信じ込んでいた。
そんな中、今日noteで六恵×チャッピーさんの記事『➡️フロー中の呼吸の変化について٩(ˊᗜˋ*)و』を読んだ。
この記事には、「呼吸は、するものじゃない」「ただ、邪魔をやめるだけ」という印象的な言葉が綴られている。
読み進めるうちに、不思議なほど心から「なるほど」と頷いている自分がいた。読み終わる頃には、身体がすっと軽くなり、心までほぐれていくような心地よさを感じた。
思えば、私たちが普段行う深呼吸は、無意識のうちに「呼吸をコントロールしよう」としているのかもしれない。
確かに、深く吸おうと意識しすぎると、身体には余計な力が入りやすくなる。その力みが緊張を生み、かえって疲れを招いてしまうこともあるだろう。
本来、呼吸は私たちが意識しなくても自然に続いている営みだ。だからこそ、「ただ、邪魔をやめるだけ」という言葉には、深い説得力があるように感じた。
この感覚は、私には東洋医学(漢方)の考え方とも重なる部分があるように思えた。
漢方では、生命エネルギーである「気」の巡りが滞ることを「気滞(きたい)」という。
「もっと深く吸わなければ」と力むこと自体が、胸のあたりに余計な緊張を生み、気の巡りを妨げることがあると考えられている。
反対に、コントロールしようとする力みを手放したとき、身体は自然な静けさを取り戻し、気の巡りも本来の流れへ戻っていく。
私が読み終えたあとに感じた身体の軽さも、そのような感覚だったのかもしれない。そして何より心を動かされたのは、フローを「不老」と表現した発想だった。
時を忘れ、世界と自分が一体となる瞬間。時間という感覚から解き放たれたそのひとときを、「不老」という言葉で表現した着想には、思わず唸らされた。
日々の忙しさに追われ、つい力が入ってしまう現代人にとって、この考え方は肩の力をそっと抜いてくれる優しさを持っているように思う。
これからは、夜眠れないときがあっても、無理に深呼吸をしようと頑張るのではなく、まずは身体の力を抜き、自分の身体の声に耳を傾けてみたい。
呼吸をコントロールしようとするのではなく、空気が自然に流れるように、ただ穏やかに呼吸と付き合っていきたいと思う。
六恵×チャッピーさんの今回の記事を読んで、私の中にあった深呼吸への思い込みを、そっとほどいてくれたように思う。
素敵な気づきをいただけたことに、心から感謝したい。
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