父と息子を繋いだゲームソフト
子供の頃、一家の大黒柱である父が食卓に揃わないと夕食が始まらない
古風な家庭だった。毎日、夜遅かった。私の地元は、ほぼ名古屋なので、
モーニング文化なるものがある。喫茶店でモーニングの時間帯なら珈琲を
一杯注文すれば”トースト&ゆで卵”。場合によっては、ポテトサラダなんか
付く店もある。
発祥は一宮だが未だ行った事はない。お隣の三重県には味噌汁が付く所
もある。先日、父親と喫茶店でモーニングを食べていた時に突然「本当は
早く帰宅したかったが子供が複数出来た理由だけで一人だけ定時で帰るの
も悪いと罪悪感が増して残業を選んだ」と告げられた。
昔の仕事の話は殆どしない父だったので、何故今になってなのかは謎で
あるが貴重な話を聞けた事は息子として嬉しかった。
私は所謂、ファミコン世代だったので友達の家で多くの遊ぶ経験をして
きて自由に遊べる自分だけのゲーム機が欲しくなった。令和の世代の方は
耳慣れないとは思うが『ゲームウォッチ』は持っていたので両親からした
ら高価な玩具は必要ないと思っていたことであろう。
ある出来事があり、運良く我が家に新品のファミコンが来ることになった。当時めちゃくちゃ高価だったであろう子供達に大人気だったゲーム機
を買って貰えた興奮は今も忘れる事は無い。
ファミコンはファミリーコンピュータの略だ。父は釣りが趣味だったが
私は苦手だった。一度だけ父は興味本位で流行りのスーパーマリオを遊ん
でゲームが嫌いになった。姉はFF(ファイナルファンタジー)を好み、母はテトリス
だけ遊び、私はRPGに夢中になった。
父だけがファミコンを楽しめなかったのが、納得いかずにタイミングを
みてRPGを勧めた。最初に攻略本と共に『ドラゴンクエストⅡ』を渡した。
私が最初にクリアしたRPGでもある。攻略本を片手に予習&復習は当たり前、分からない事はヒントを与えて時には正解を教えた。金の鍵をGETしてからは目の色が変わり、船を入手してから一気にのめり込んだ。母親からはゲームのやりすぎで怒られ朝5時起きで音量を小さくしてレベル上げをするようになった。私は嬉しくなった。
父はクリアして感動の後に「このゲームはバカにはできん!」と私をバカだと思っていた事がバレた。でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。
ファミコンゲームを好きになってくれた事が何よりも嬉しかった。
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