ショートショート『小さな家』
庭の木の下にある小さな家。
オモチャみたいなかわいい家。
ずっと、そっと
佇んでいる
何かを見守るように
ずっと、そっと
由香は、その小さな家が
いつも気になっていた。
ただのオモチャなら
扉を開けることは出来ないけれど、
もしもそうじゃなかったら...
意外に広いかも、とか
どこかの国と繋がっているかも、とか
どんな間取りで、
どんな家具や食器が並んでいるんだろう、とか
想像するだけでワクワクした。
コンコンコン。
由香は、その小さな家の
小さな扉を、ノックしてみた。
だけど、
...。
物音ひとつ聞こえない。
「そうだよね」
由香が立ちあがろうとしたその時、
ガチャ、扉が開いた。
由香はびっくりして
尻もちをついてしまった。
「あらあら騒々しいこと。
何かご用かしら?」
中から出てきたのは
小さなおばあさん。
「えっ、あの、その...」
この小さい家は
オモチャなんかじゃなかったんだ。
小人って本当にいるんだ。
もしかして、夢?
由香の頭の中は、てんやわんや。
「お嬢さん大丈夫かい?
驚かせて悪かったね。
せっかくだから中へお入りなさい。
お茶でも飲んでいって」
「あっ、ありがとうございます。
だけど、私には小さくて
お家の中には入れそうもありません」
由香がそう言うと、
「扉を3回、ノックしてみて」
おばあさんの言う通り
由香はもう一度、
扉を3回ノックしてみた。
すると、
由香の体はあっという間に小さくなり
ものすごい速さで
吸い込まれるように
小さい家へと入っていった。
「ここは一体...」
そこにはテレビがあって
冷蔵庫もあって
由香たちが暮らす家の中と
何も変わらない。
キョロキョロと落ち着きのない由香に
おばあさんが声をかけた。
「さあ、アップルパイが焼けたわ」
そう言っておばあさんは、
オーブンからこんがり焼けた
アップルパイを取り出した。
部屋中に、甘酸っぱい香りが広がった。
「これもかかせないわね、
香り高いダージリンティー。
アップルパイによく合うのよ。
どうぞ、召し上がれ」
おばあさんは、
きつね色に焼けたアップルパイに
アイスを乗せてくれた。
温かくて、サックサクのアップルパイと
冷んやりと甘いアイスクリームで
由香の口の中は、幸せでいっぱいになった。
今いるこの場所が
あの小さな家の中で
おばあさんは小人で
自分も小さくなっているだなんて
そんなこと忘れてしまうくらいだ。
「おばあさんは
いつからここに住んでいるの?」
「いつから?そうねー、
この栗の木が初めて実をつけた頃だから…
あら、いつだったかしら?」
「えっ!?」
家の庭にある栗の木は
だいぶ古い木だって
昔、おじいちゃんが言っていた。
何百年?
それとも、もっと昔?
「ここはちっとも変わらないよ。
どんなにあなたたちの世界が変わろうともね」
そう言っておばあさんは、
ダージリンティーをたしなんだ。
「あら、また選挙があるのね」
「まあ、あの商店街なくなっちゃうの?
お肉屋さんのコロッケ、
安くて美味しかったのに、残念ね」
「今年は猛暑ですって、
ますます外には出られないわね」
おばあさんは、テレビを見ながら
ぶつぶつと呟いている。
由香は、窓辺に並べられた
いくつもの写真が気になっていた。
「私たち夫婦の写真よ」
写真をじっと見つめる由香。
それに気づいたおばあさんが言った。
おばあさんとおじいさんの写真は
どれも笑顔が素敵で、本当に幸せそうだ。
「元気にしてるかしら...」
そう言って
おばあさんは写真を手にした。
「一緒に暮らしていないの?」
「ええ。
その昔、私たちが住む星が
争いに巻き込まれてね。
それでおじいさんは、家ごと
安全なところへ避難させようとしたの。
本当は、一緒にここへ来るはずだった。
だけど、仲間が一生懸命戦っているのに
自分だけ逃げるわけにはいかないって。
おじいさんは、ふるさとに残ったのよ」
「離ればなれで、寂しくない?」
「寂しくなんかないわ。
お互いを想う心は
どんなに離れていても
ちゃんと繋がっている。
だから、寂しいと感じたことはないわ。
それに...」
おばあさんは、窓を開け
夜空を見上げた。
「今日は一段と星がきれいね」
「えっ!?」
由香は驚いた。
ここへやって来た頃、
空はまだ、明るかったはず。
夜になるほどの時間を
ここで過ごしたとも思えない。
「どういうこと?」
すると、ぽつりぽつりと
流れ星が夜空を落ちていくのが見えた。
「そろそろね。
それじゃあ、出発するわよ」
おばあさんの掛け声とともに
ゴォーという大きな音を立て
たちまち小さい家はロケットとなり、
もの凄い速さで夜空を駆けのぼった。
そして、たどり着いたのは
真っ白な雲の上。
「ここが駅になっているのよ。
おじいさんは、一年に一度だけ
流れ星となって地球へやって来るの。
今日がその日よ」
するとそこへ、
ひときわ輝く流れ星が
ぽとりと落ちてきた。
流れ星は光となり
そして、人のカタチとなり
二人の目の前に、おじいさんが現れた。
久しぶりの再会に、喜びを分かち合う
おじいさんとおばあさん。
そんな二人を見つめていた由香のもとへ、
おじいさんがやって来た。
「君は?」
「は、初めまして。
おばあさんと一緒にここへ来ました」
「君は今、何かに困っているようだね」
全てを見透かしたように
おじいさんは由香に言った。
「実は、将来のことに悩んでいて...」
由香は、自分のことを話し始めた。
「進学のために、街を出るんです。
だけど、大好きなこの街と
大切な友達と別れることが寂しくて...」
「ほら、見てごらん。
この星空はどこまでも続いている」
由香は、おじいさんが
指さす方へ顔を向けた。
そこには、
見渡すほどの星空が
ずっとずっと
遠くまで広がっている。
「もしも君がこの街を離れたとしても
君の友達は、君と同じ星空を
見上げているだろう」
おじいさんは、そう言って
優しくほほえんだ。
「ちゃんと繋がってるんだ」
おじいさんのおかげで由香は、
雲が晴れたように
何だか気持ちがすっきりした。
すると今度は、
何かを手にしたおばあさんが
由香のもとへやって来た。
「これを」
おばあさんの両手には
由香の名前が入ったペンダントが。
「えっ?」
「あなたのお友達からよ」
おばあさんの手のひらに映ったのは
由香の友達の紗良だった。
何かを手作りしている様子だ。
「紗良?」
「お友達は、あなたを避けていたんじゃなくて
あなたにサプライズをしようとしていたのね」
「私のために?
私、ひどいこと言っちゃった...」
「大丈夫よ、魔法の言葉があるじゃない!」
「魔法の言葉?」
「ごめんね。の言葉よ」
おばあさんは、
両手で大きく円を描き始めた。
すると、
夜空がだんだん明るくなり、
雲の上にいたはずの由香は
いつの間にか自分の部屋にいて、
一緒にいたはずの
おじいさんとおばあさんは
どこにもいなかった。
夢を見ていたのだろうか...
けれども、由香の手の中には
キラリと光るペンダントが。
「夢じゃないんだ」
由香は部屋の窓から
庭の木の下にある
小さな家を覗いてみた。
小さな家は
変わらない様子で
いつものように
そっと佇んでいる。
由香はペンダントを首にかけ
紗良のもとへ急いだ。
魔法の言葉を伝えるために。
おしまい𓍯
最後まで読んで頂き
ありがとうございますᵕᴥᵕ
いいなと思ったら応援しよう!
ご支援のほど、よろしくお願いしますᵕᴥᵕ